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黎明の百鬼夜行戦記  作者: 沼口ちるの


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3/11

第三話:凍てつく歌舞伎町の深淵

一つ目入道の群れは、無機質な足取りで俺たちを追い詰める。


現代の監視社会が生んだひずみ、その象徴たる「のぞき見る」怪異かいい


実体を持たぬはずの視線が、物理的な質量を伴って俺たちの動きを束縛そくばくしようとしていた。


あるじ、こいつらキリがないよ! 倒しても倒しても、路地裏から湧いてくる!」


レンが真空の刃で怪異を切り裂くが、霧のように霧散むさんした影はすぐに再構成され、再び巨大な瞳をき出しにする。


りん、レン。一度引くぞ。ここは奴らの領域りょういきだ。正面からぶつかるのは策ではない」


俺は二人の背中に呪符じゅふを貼り、一時的に気配を遮断しゃだんする隠行おんぎょうの術を施した。


闇に紛れ、俺たちは歌舞伎町のさらに奥、ネオンの光も届かぬ地下へと続く階段を駆け下りる。


行き着いたのは、古い雑居ビルの地下にある、看板のないバーだった。重厚な扉を開くと、そこには外の喧騒けんそうが嘘のような静寂と、肌を刺すような極寒ごっかんが満ちていた。


「……遅かったわね。待ちくたびれて、カクテルが凍ってしまったわ」


カウンターの奥、薄暗い照明の下でグラスを揺らしていたのは、黒いレースのドレスをまとった少女だった。肌は透き通るように白く、長い黒髪は氷細工のような光沢を放っている。


「ミズキ。……相変わらず愛想のない女だな」


凛が肩をすくめて彼女の名を呼ぶ。


彼女こそが現代に潜む雪女ゆきおんな……ミズキだった。


「愛想など、冷気と共に捨てたわ。それより……そちらが再誕さいたんした主君か」


ミズキの冷徹な視線が俺を射抜く。


その瞬間、足元から氷のつたい上がり、俺の体を拘束しようとした。


だが、俺は動じない。


懐から取り出した火龍の符を一瞥いちべつさせるだけで、氷は一瞬で蒸発し、白い霧へと変わった。


「雪女の冷気は、魂を凍てつかせるためのもの。客を歓迎するためのものではないはずだが?」


「……合格ね。胆力たんりょくだけは、千年前と遜色そんしょくないようだわ」


ミズキはかすかに口角を上げると、カウンターの下から古びた巻物を取り出した。


「一つ目入道たちが集めている魂。その行き先が分かったわ。この街の地下に広がる廃隧道はいずいどう……そこに、彼らの王が鎮座している」


「王、だと?」


「ええ。人の絶望をかてに、現代の神へと成り代わろうとする不遜ふそんな存在。名は空亡くうぼう。千年前の百鬼夜行を終わらせたはずの、あの災厄の化身よ」


空亡。


その名を聞いた瞬間、俺の魂の奥底で消えかかっていた恐怖の記憶がよみがえる。


かつての日輪を飲み込み、世界を永劫えいごうの闇に叩き落とそうとした存在。


それが今、この現代の都市で再び産声を上げようとしている。


「面白い。千年前は封印するのが精一杯だったが、今の俺にはこの子たちがいる」


俺は凛、レン、そして新たに加わったミズキを見渡した。


「ミズキ、お前の氷で道のすべてを凍らせろ。レン、お前の風で霧を払い、視界を確保しろ。凛、お前は俺の隣で、その爪を研いでおけ」


「「「御意ぎょい!」」」


三人の美少女妖怪たちが一斉に膝をつく。


かつての百鬼夜行は恐怖の象徴だったが、今のそれは、闇を打ち砕くための希望の行進だ。


俺たちは地下の廃道へと足を踏み入れる。


そこには、数千、数万の一つ目入道たちが、脈動する巨大な肉塊にくかい……空亡の卵を囲んで、不気味な祝詞のりとを唱えていた。


「……さあ、うたげの始まりだ」


俺の合図と共に、地下空間に絶対零度の旋風せんぷうが吹き荒れた。


【後書き:ミズキ】


雪女のミズキよ。


……あるじ、あまり私をじろじろ見ないで。


視線だけで凍らせてしまいそうになるわ。 それにしても、この地下室は落ち着くけれど、少し湿気が多すぎるわね。


私の冷気で、いっそこの街ごと凍らせて、静かな結晶の世界に変えてしまおうかしら。


……冗談よ。主がそう望まないことは分かっているわ。


さて、次の戦い……私の氷が、どれほど鋭く敵を貫くか、特等席で見ているがいいわ。

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