第三話:凍てつく歌舞伎町の深淵
一つ目入道の群れは、無機質な足取りで俺たちを追い詰める。
現代の監視社会が生んだ歪み、その象徴たる「覗き見る」怪異。
実体を持たぬはずの視線が、物理的な質量を伴って俺たちの動きを束縛しようとしていた。
「主、こいつらキリがないよ! 倒しても倒しても、路地裏から湧いてくる!」
レンが真空の刃で怪異を切り裂くが、霧のように霧散した影はすぐに再構成され、再び巨大な瞳を剥き出しにする。
「凛、レン。一度引くぞ。ここは奴らの領域だ。正面からぶつかるのは策ではない」
俺は二人の背中に呪符を貼り、一時的に気配を遮断する隠行の術を施した。
闇に紛れ、俺たちは歌舞伎町のさらに奥、ネオンの光も届かぬ地下へと続く階段を駆け下りる。
行き着いたのは、古い雑居ビルの地下にある、看板のないバーだった。重厚な扉を開くと、そこには外の喧騒が嘘のような静寂と、肌を刺すような極寒が満ちていた。
「……遅かったわね。待ちくたびれて、カクテルが凍ってしまったわ」
カウンターの奥、薄暗い照明の下でグラスを揺らしていたのは、黒いレースのドレスを纏った少女だった。肌は透き通るように白く、長い黒髪は氷細工のような光沢を放っている。
「ミズキ。……相変わらず愛想のない女だな」
凛が肩をすくめて彼女の名を呼ぶ。
彼女こそが現代に潜む雪女……ミズキだった。
「愛想など、冷気と共に捨てたわ。それより……そちらが再誕した主君か」
ミズキの冷徹な視線が俺を射抜く。
その瞬間、足元から氷の蔦が這い上がり、俺の体を拘束しようとした。
だが、俺は動じない。
懐から取り出した火龍の符を一瞥させるだけで、氷は一瞬で蒸発し、白い霧へと変わった。
「雪女の冷気は、魂を凍てつかせるためのもの。客を歓迎するためのものではないはずだが?」
「……合格ね。胆力だけは、千年前と遜色ないようだわ」
ミズキは微かに口角を上げると、カウンターの下から古びた巻物を取り出した。
「一つ目入道たちが集めている魂。その行き先が分かったわ。この街の地下に広がる廃隧道……そこに、彼らの王が鎮座している」
「王、だと?」
「ええ。人の絶望を糧に、現代の神へと成り代わろうとする不遜な存在。名は空亡。千年前の百鬼夜行を終わらせたはずの、あの災厄の化身よ」
空亡。
その名を聞いた瞬間、俺の魂の奥底で消えかかっていた恐怖の記憶が蘇る。
かつての日輪を飲み込み、世界を永劫の闇に叩き落とそうとした存在。
それが今、この現代の都市で再び産声を上げようとしている。
「面白い。千年前は封印するのが精一杯だったが、今の俺にはこの子たちがいる」
俺は凛、レン、そして新たに加わったミズキを見渡した。
「ミズキ、お前の氷で道のすべてを凍らせろ。レン、お前の風で霧を払い、視界を確保しろ。凛、お前は俺の隣で、その爪を研いでおけ」
「「「御意!」」」
三人の美少女妖怪たちが一斉に膝をつく。
かつての百鬼夜行は恐怖の象徴だったが、今のそれは、闇を打ち砕くための希望の行進だ。
俺たちは地下の廃道へと足を踏み入れる。
そこには、数千、数万の一つ目入道たちが、脈動する巨大な肉塊……空亡の卵を囲んで、不気味な祝詞を唱えていた。
「……さあ、宴の始まりだ」
俺の合図と共に、地下空間に絶対零度の旋風が吹き荒れた。
【後書き:ミズキ】
雪女のミズキよ。
……主、あまり私をじろじろ見ないで。
視線だけで凍らせてしまいそうになるわ。 それにしても、この地下室は落ち着くけれど、少し湿気が多すぎるわね。
私の冷気で、いっそこの街ごと凍らせて、静かな結晶の世界に変えてしまおうかしら。
……冗談よ。主がそう望まないことは分かっているわ。
さて、次の戦い……私の氷が、どれほど鋭く敵を貫くか、特等席で見ているがいいわ。




