第二話:旋風は路地裏を駆ける
「現代の妖怪は、どこにでも馴染む。それが彼女たちの生存戦略だからな」
凛の言葉通り、俺たちが向かったのは新宿の喧騒から少し外れた、高架下のスケートパークだった。
グラフィティが描かれたコンクリートの壁に、激しい車輪の音が反響している。
その中心で、一際鋭い滑りを見せている少女がいた。
銀髪のショートカットをなびかせ、大きなパーカーに身を包んだ彼女は、板を弾くと空中で三回転し、鮮やかに着地した。
「おい、レン! 遊んでいないでこっちへ来い。主がお目見えだぞ」
凛が声をかけると、レンと呼ばれた少女はスケートボードを器用に足で跳ね上げ、脇に抱えて歩み寄ってきた。
「主? ……マジで? その、ひょろっとしたのが晴明サマなわけ?」
レンは俺の目の前まで来ると、値踏みするように顔を覗き込んできた。
大きな瞳は、どこか野生動物のような鋭敏さを湛えている。
「……鎌鼬、か。かつては旋風と共に現れ、一瞬で村人の手足を切り裂いたというが。今の姿は随分と軽やかだな」
俺の言葉に、レンは不敵に笑った。
「鎌鼬のレン、参上。今は風を切るより、この板で風になる方がお気に入りなんだよね。でも、仕事なら話は別。……アンタが本当に、アタシを使いこなせる格があるのか、試させてもらってもいいかな?」
レンがそう言った瞬間、彼女の姿が掻き消えた。
いや、消えたのではない。
常人には見えない速度で移動したのだ。周囲に鋭い風が巻き起こり、俺の頬を数筋の熱い感触が走る。
「主、危ない!」
凛が身構えるが、俺は制止した。
動く必要はない。俺は精神を集中させ、足元の影から微かな違和感を読み取った。
現代に転生したとはいえ、魂に刻まれた戦術眼までは衰えていない。
「……右、三寸。そこだ」
俺は手にした呪符を、何もない空間へと投げつけた。 「急急如律令! 縛!」
パァン、と乾いた音が響き、空中で呪符が青い火花を散らす。そこには、驚愕の表情を浮かべて動きを封じられたレンの姿があった。彼女の脚には、目に見えぬ霊力の鎖が絡みついている。
「う、動けない!? 呪符を当てるどころか、アタシの速度を先読みしたっていうの!?」
「速いだけでは、俺の目は欺けない。風には必ず淀みが生まれる。お前の癖は、踏み込む瞬間に重心がわずかに右に傾くことだ。そこを突かせてもらった」
俺が指を鳴らして術を解くと、レンはすとんと地面に降り立った。
彼女はしばし呆然としていたが、やがて顔を赤らめ、頭を掻きながら笑った。
「あー……完敗だわ。マジで清明サマだったんだね。ごめん、アタシが悪かったよ。これからはアンタの風になってあげる」
彼女が右手を差し出してきた。
俺がその手を握ると、契約の証として彼女の腕に小さな五芒星の刻印が浮かび上がり、すぐに消えた。
「挨拶代わりのテストは終わりだ。それよりレン、例の件はどうなっている」
凛が表情を引き締め、本題を切り出した。
レンは真剣な顔つきに戻り、周囲を警戒しながら声を潜めた。
「ああ、ヤバいよ。最近、歌舞伎町の一角で神隠しが多発してる。ただの行方不明じゃない。魂だけが抜き取られた、抜け殻のような遺体がいくつも見つかってるんだ」
「魂の蒐集……。やはり、何者かが組織的に動いているな」
俺が呟いたその時、スケートパークの照明が不自然に明滅し始めた。
ガシャン、と音を立てて電球が割れ、周囲は一瞬で濃密な闇に包まれる。
「……来た。この嫌な冷気、あの野郎だ!」
レンがスケートボードを構える。
闇の奥から現れたのは、ビジネススーツを纏いながらも、その顔が巨大な一つ目になっている異形の集団だった。
彼らは無機質な足取りで、俺たちを包囲するように距離を詰めてくる。
「一つ目入道……いや、現代の監視社会が産み落とした偽りの怪異か」
「主、下がっていろ。ここは私とレンで片付ける」
凛の背後に狐火が灯り、レンの周囲に真空の刃が渦巻く。 現代の夜を舞台にした、第二の戦記が幕を開けようとしていた。
【後書き:レン】
やっほー、アタシはレン! 鎌鼬のあやかしだよ。
いやー、マジでビビった。
あの晴明サマ、見た目は普通の高校生なのに、アタシの速度に合わせるとか人間辞めてるよね……あ、もともと伝説の人だったっけ。
でも、なんかワクワクしてきちゃった。千年前よりずっと面白そうな夜になりそうじゃん? アタシの風、しっかり使いこなしてよね、主! ……ところで、さっきの呪符、ちょっとキツすぎて脚に跡が残っちゃったんだけど。
今度、美味しいクレープでも奢ってよね?




