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お父様、お母様、わたくしが妖精姫だとお忘れですか?

掲載日:2025/11/16

第1話


 リジューレ伯爵であるお父様が、夕食の厚切り肉にナイフを入れて言いました。


「リリウム、お前はもう十六歳だな?」

「はい、お父様」

「それなら、この家を出てもいいだろう」

「え……?」


 わたくしはテーブルをぐるりと見渡しました。お母様も、妹ロサも、お父様の言葉に頷いています。


「ええ、家を出ていくべきね。リリウムは森で彷徨っているところを保護して育ててあげたけど、もう十六歳だわ。ひとりでやっていける年齢よ」

「お父様とお母様の言う通りだわ。お姉様はこの家に居ていい年齢じゃないわよ? 養女なのに姉として居座るなんて、実子の私に失礼だわ」


 三人の発言に、わたくしは首を傾げます。


「……しかしわたくしには婚約者がいたのでは? 彼と結婚して、この家を継ぐのでは?」


 言葉の通り、わたくしにはリラック子爵家の次男ルース様という婚約者がいたはずです。それは自らの意志とは関係なく、勝手に結ばれた婚約なのですが。


 それを尋ねると、ロサが身を乗り出して答えました。


「お姉様の婚約者なら私が譲り受けるわ」

「ロサが? どうして?」

「どうしてって、お姉様はもう長女じゃないでしょう? 元々、婚約者のルース様は伯爵家の長女へ婚約を申し込んだのよ? だから私が新たに婚約者になっても、何の問題もないわ」


 するとお父様が嬉しそうに笑いました。


「ふふ、家督を継ぐのは養女のリリウムではなく、実子ロサだからな。その婿となるルース君は美男子だし、実家の子爵家は金持ちだ。これで私達三人はいつまでも幸せに暮らせるぞ」


 わたくしはその言葉に呆れ返り、口を閉ざします。お父様とお母様はとても大切なことを忘れているようですが、今ここで言うべきではないでしょう。


「リリウム、お前の働き口は親戚に相談して用意してやった。これからは歯ブラシの部品を作る作業員として頑張りなさい。明日の朝に親戚が迎えに来るから、今晩中に荷物を纏めるがいい」

「良かったわね、リリウム。作業場には寮もあるし、最低限の暮らしはできるわよ。慣れるまで苦労するだろうけど、頑張りなさい。そもそもあなたは孤児の癖に、贅沢し過ぎだったのよ」


 お二人は厚切り肉を咀嚼しながら、笑っています。


 お父様は働き口を用意したと言っていますが、わたくしを親戚に売ったに違いありません。その親戚とは女好きの悪徳業者で、作業員の女性を低賃金で働かせた挙句、娼婦の仕事までさせると聞かされたことがあります。


「そうですか、分かりました」


 わたくしは食堂を出ました。食事中に席を立つことはマナー違反ですが、わたくしには夕食が出されていないから構いませんね。


 そして自室の屋根裏部屋に戻ると、手紙をしたためて妖精に託しました。そこにはリジューレ伯爵家で受けた酷い仕打ちの全てが書かれてあります。


「これを国王陛下へ届けてね?」

『はい! 姫様!』


 小さな星の妖精が、ペコリとお辞儀をして飛び立ちます。綺羅星の如き鱗粉が夜空に輝き、美しい光景が描き出されました。




 そう、わたくしの正体は妖精姫です。


 今は亡き妖精王の命令通り、十歳の頃から人間と共に生活しているのです。




「お父様も、お母様も、わたくしが妖精姫だとすっかりお忘れなのですね? 今まで莫大な幸運を与えてきたことに気づいていなかったのですね? それなら、もういいです。わたくしはわたくしで自由に生きますから」

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第2話


 翌朝、わたくしは荷物を持ってリジューレ伯爵家の門の前に立っていました。すぐ後ろにはお父様とお母様とロサが立ち、にこにこと笑っています。


「そろそろ親戚が迎えに来る時間だな」


 お父様がそう言った時、一台のボロ馬車がやってきました。御者は強面の太っちょ男性で、こちらを睨んでいます。彼こそが悪名高いお父様の親戚です。


 やがてボロ馬車は門の前に停まり、親戚が降りてきました。それを見るなり、お父様とお母様とロサは嬉しそうに言ったのです。


「ほら、挨拶しろ。こいつの言うことをよく聞くんだぞ?」

「そうよ? 何を言われても、何をされても、従順にするのよ?」

「うふふふ、お姉様はようやく自分自身に相応しい場所へ行くのね?」


 でもその言葉はすぐに遮られました。




「邪魔だ! この馬車をどけろ! 宮廷馬車が停まるぞ!」




 突如、宮廷の召使が現れて怒鳴りました。お父様の親戚は狼狽え、すぐにボロ馬車を出します。


「我が屋敷前に宮廷馬車だと……?」

「どうしてそんな馬車が……?」


 お父様とお母様が首を傾げていると、豪華絢爛な馬車がやってきました。やがてその馬車からはひとりの美しい青年が降りてきたのです。彼は第一王子のグラキエス様でした。


「きゃあん! 美氷のグラキエス様よ!」


 ロサが黄色い悲鳴を上げて、彼へ駆け寄ります。すると二人の護衛が走り出し、ロサの腕を捻り上げました。


「い、痛いッ……!?」


 護衛達はそのままロサの体を地面に押しつけます。


「お、おい! 私の娘に何をする!?」

「やめてちょうだい! ロサを離して!」


 すると後続した馬車から数名の護衛が現れ、お父様とお母様も地面に押しつけました。そして三人が地に頭をつけると、グラキエス様がゆっくりと近づいてきたのです。


「――リジューレ伯爵、頭が高いぞ。貴様は貴族であるのに、王族への敬意の払い方も知らないのか?」


 その冷たい言葉に、お父様とお母様とロサは硬直しました。しかしお父様は声を振り絞って、尋ねます。


「なぜ王子のあなたがここへ……!?」

「おや? リジューレ伯爵。俺は発言を許していないぞ?」

「うっ……うう……」


 王族の前では頭を下げる、許してもらうまで発言しない、この国での礼儀を三人は知らないのです。やがてグラキエス様はわたくしの前まで歩いてくると、恭しく跪きました。


「リリウム様、お迎えに上がりました」

「ありがとうございます、グラキエス様」


 お父様も、お母様も、ロサも、驚愕の表情を浮かべます。


「それでは参りましょう」

「ええ」


 そしてわたくし達は馬車に乗り込み、リジューレ伯爵家を去りました。きっとあの三人は何が起きたのか、まるで理解していないでしょうね。拘束を解かれた後、この馬車に向かって暴言を吐いていましたから。




 まあ、それは置いておきましょう。


 それより問題なのは、馬車の中です。




 グラキエス様は“美氷”呼ばれるほど美しく冷たい男性なのですが、氷も溶けるような熱視線をわたくしに送ってくるのです……。

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第3話


 艶やかでしっとりとした金髪、流氷を思わせるアイスブルーの瞳、非の打ちどころのない顔立ち……そんなグラキエス様からの熱視線に耐えられそうもありません。


「あの、どうしてこちらを見詰めていらっしゃるのです……?」


 わたくしは上目遣いに尋ねます。するとグラキエス様は一瞬だけ表情を強張らせ、そしてようやく視線を逸らしました。


「申し訳ありません。あなたとこうして会えるのを心待ちにしていたので」

「わたくしとですか?」

「ええ」


 グラキエス様は妖艶に微笑むと、わたくしの手を取りました。


「あなたは気高く美しい。そして誰よりも恐ろしい――」


 彼の頬はわずかに上気して、白肌が薄い紅色に染まっています。そんな相手を見ていると、わたくし自身も恥ずかしくなってきて、思わず頬を染めてしまいました。


「わたくしが……恐ろしいのですか?」

「はい、国王陛下もあなたを恐れています」

「そうなのですか? でも国王陛下はわたくしに何もしていないでしょう?」


 するとグラキエス様はふっと笑いました。


「何もしていない、それが問題なのです」


 そして馬車は王宮へ辿り着きました。


 謁見の間に通されるものとばかり思っておりましたが、実際に通されたのはとても豪華な貴賓室です。そこには国王陛下と王妃殿下が立った状態で待っていました。


「こ、これはこれは、妖精姫様……!」

「姫様、ようこそお越し下さいました……!」


 お二人は深々とお辞儀をします。このやんごとなき方々はなぜこんなに畏まっているのでしょう? わたくしがポカンとしていると、国王陛下と王妃殿下は涙目になって土下座しました。


「申し訳ありませんッ! どうぞお許し下さいッ!」

「どうか皆殺しだけはお許しを……!」

「えっ、ええっ、皆殺し!?」


 どうして皆殺しすることになっているのですか!? ひとり困惑していると、グラキエス様が耳元で囁きました。


(お二人はあなたを恐れるが故に、長らく放置してしまったのです。そしてあなたの怒りによって、殺されることを恐れています)

(わたくしは怒っていませんよ……?)

(では、そのことを伝えてあげて下さい)


 わたくしは頷き、すぐに屈んで微笑みました。


「お二人共、頭を上げて下さい?」

「し、しかし儂らは苦しむあなた様を放置して……」

「いいえ、それはあなた方の責任ではありません。わたくしがひとり耐えていたのが悪かったのです。だからちっとも怒ってなんかいないのですよ?」


 ゆっくり、ゆっくりと、赤ちゃんをあやすように伝えます。


「でもこれからは、国王陛下と王妃殿下のお力を借りたいと思っております。どうか助けて下さいませんか?」

「は、はいッ……! 勿論ですッ……!」

「姫様ッ……! 何とお優しいッ……!」


 国王陛下と王妃殿下は抱き合って泣き出しました。そのすぐ後ろではグラキエス様がくすくすと笑っています。


「妖精姫様は恐ろしく、そしてお優しい方ですね」

「わたくしは恐ろしくありませんよ?」

「ほう? あなたの能力を国を滅ぼす方向へ使ったとしても?」


 わたくしは驚き、そして考えてみます。




 あ……。


 もし本気を出したら、国ひとつくらい簡単に滅ぼせますね……。




 グラキエス様はわたくしの表情を見ると、さらに可笑しそうにしていました。

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第4話


 やがてわたくし達は貴賓室の椅子に落ち着きました。


 国王陛下と王妃殿下は泣くのをやめてくれましたが、ガチガチに緊張しているようです。一方、グラキエス様は優雅にお茶を飲みつつ語り始めました。


「この国は妖精の恩恵と加護によって成り立っています。作物が実るのも妖精の力、魔物が侵入しないのも妖精の力。だからこそ、国王陛下と王妃殿下はその妖精の姫であるあなたを心から恐れていたのです。その気持ち、ご理解頂けるでしょうか?」


 その言葉に、国王陛下と王妃殿下は激しく頷きます。


「その通り、儂は妖精姫様を恐ろしい方だと思っておりました……! その所為で、伯爵家の所業を知ることができず、大変申し訳なく思っております……!」

「ええ……! 姫様を苦しめた伯爵家の者達はすぐに処刑致しましょう……!」

「しょ、処刑!? いえ、それはしなくていいです!」


 そう言うと、お二人は不安げに顔を見合わせました。わたくしが国王陛下に手紙を書いたのは、伯爵家の方達を叱ってほしいなと思ったからでした。しかし処刑してほしいとは思っていません。


「やはりリリウム様はお優しい。まあ、処刑などしなくてもリジューレ伯爵家は勝手に破滅して野垂れ死ぬでしょうけどね」

「うむ……そう言われれば、そうだな……」

「考えてみれば、それもそうね……」


 グラキエス様の言葉に、国王夫妻は頷きます。確かに、わたくしが幸運を与えなくなった伯爵家は昔の状態に戻るでしょう。でももう手助けするつもりはありません。それより、自分の今後のことが気になります。


「あのう、話は変わりますが、わたくしに住む家を貸して頂けませんか?」

「住む家ですか……?」

「ここに住んで頂ければ……」

「宮廷ですか!? それはちょっと――」


 狼狽えていると、グラキエス様が提案しました。


「では、フェジョン公爵家の養女になるのはどうです?」

「ああ、あの公爵家なら安心だな」

「そうね、あそこなら信頼できるわ」


 わたくしは養女と聞いて、少し怖くなりました。


「で、でも……もう養女は……」

「大丈夫ですよ、リリウム様。フェジョン公爵夫妻は女の子が欲しくて養女を探していたところです。それにこれからも学園に通い続けるのでしょう? もしそうなら、公爵家に入った方が都合が良いはずです」

「確かに、学園には通い続けたいですね……」

「それでは、すぐに連絡致しましょう」


 そして彼は公爵家と連絡を取ってくれました。公爵夫妻は養女が妖精姫だと知り、とても喜んでくれたそうです。何だか上手くやっていけそうな気がします。




 こうしてわたくしはフェジョン公爵家の養女となりました。


 今まで通り学園へ通えるのね、と胸を撫で下ろします。




 翌日、元妹のロサが学園で問題を起こすとも知らずに――

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第5話 ―ロサ視点―


 私はロサ。めでたくリジューレ伯爵家の長女となったわ。


 馬鹿リリウムが宮廷馬車で去って行くのを見た時は激怒したけど、今ではもうどうでもよくなった。だってあいつ、何か罪を犯して宮廷に連れていかれたんでしょ?


 夕食の席で、お父様とお母様もそう言った。


「リリウムは何をしでかしたんだろうな?」

「ええ、本当にね。美氷の君に連れていかれたのよ? ただじゃ済まないわ」


 あいつが国王陛下に褒められるようなことをするはずないもん。きっと悪いことをした罰として宮廷の地下で拷問されているのよ。私はひとりほくそ笑む。


 それにしても、何だか料理が不味いわね……。執事やメイドの態度も悪いような気がする……。


「料理が不味いぞ! 料理長を呼べ!」


 ほら、お父様も怒ってる。料理長はきっとクビになるわよ。でもどれだけ待っても料理長はやってこなかった。それどころか、執事もいない。


「ふざけるな! いつまで待たせる気だ!」


 お父様はナイフとフォークを投げ捨てると、椅子から立ち上がる。そして扉を開いた瞬間、執事と鉢合わせた。


「貴様、どこへ行っていた!?」


 うふふ、執事もクビね。私がにやにやしていると、執事が慇懃に言った。


「旦那様、私を含めた執事、料理長、メイド二十名が今日限りで辞めます」

「な、何だと!? どういうことだ!?」

「私達はあなた達三人に耐えられません」

「はあ!? 何を言ってる!?」

「それでは――」


 そして扉の外を召使達がぞろぞろと通過していった。私と両親は口を開けたままで茫然とするしかなかった。




 何よ、何よ、何よ!

 召使が辞めたくらいで、何よ!


 私には美氷のグラキエス様がいるのよ! あの方、地面に這いつくばった私をじっと見詰めていたのよ? これはもう恋でしょ!?




 翌朝、私は薔薇色の気分で学園へ向かった。いつも通り馬車で通学して、学園前で降りる。すると頭を下げた沢山の人だかりが見えた。


 もしかして――!?


 生徒達に囲まれた馬車に目を凝らすと、そこにはグラキエス様の姿があった。


「きゃあああん! グラキエス様ぁ!」


 私は思わず絶叫する。すると彼がこちらを見たの! 嬉しい!


「グラキエス様! 私のために来て下さったんですね!?」

「チッ……またこいつか……」


 グラキエス様は舌打ちすると、辺りを見渡してこう言った。


「頭を上げよ! そして自由に喋って良い!」


 周囲の生徒達は恐る恐る頭を上げ、言葉を口にする。うふ、グラキエス様ったら、愛しい私を気遣ってそんな許可を出したのね? ツンデレかしら?


 私が胸を躍らせていると、グラキエス様は馬車の中へ声をかけた。


「リリウム様、どうぞお手をお取り下さい」

「ありがとうございます」


 ……リリウム? 背筋がぞわぞわする。


 すると馬車からは憎き元姉が現れたの。しかもグラキエス様に支えられて!


「ちょっとおおおッ! なんでアンタがここにいるのよおおおッ!?」

「ロサ……だってここは学園よ……?」

「しかもグラキエス様の手を握ってるうううッ! 離しなさいッ!」


 私はつかつかと進み寄り、リリウムを突き飛ばそうとした。でも目の前にグラキエス様が立ち憚り、一振りの剣をこちらに突きつけたの。


「リリウム様に近づくな、無礼者」

「え……? 無礼者って、私……?」

「他に誰がいる。この大馬鹿者が――」


 お、大馬鹿者ですって? グラキエス様ったら、何を言ってるの?




 あなたは私に恋しているのでしょう!?


 大丈夫! 私もあなたが好きよ!?




 そう目で訴えると、彼は剣先をさらに近づけてきた……どうして?

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第6話


 わたくしの目の前で、緊迫の場面が繰り広げられていました。


「貴様、リリウム様に危害を加えようとしたな? 斬って捨ててやろうか?」

「あ……ああ……グラキエス様ぁ……」


 グラキエス様が、元妹のロサへ剣を突きつけています。わたくしはすぐさま止めに入りました。


「お止め下さい、グラキエス様! 相手はか弱い女子です!」

「ですが、こいつはあなたを――」

「お願いです! どうか剣を下ろして!」

「リリウム様……。あなたがそう仰るなら……」


 グラキエス様はすぐに剣を収めてくれました。するとその途端、ロサが泣きながら叫び始めたのです。


「どうして!? どうしてよ!? そのリリウムは罪を犯して、宮廷に連行されたのよ! なのにどうしてここにいるのよおおお!」


 その言葉に、周囲がざわつきます。


「リリウムさんが罪を……?」

「彼女に限って、それはないわ……」

「そもそも罪人は宮廷に連行されないわよ」


 そんな声に、ロサは顔を赤らめます。


「と、兎に角! リリウムは女狐よ! 私のグラキエス様を盗ったのよ!」

「私のグラキエス様だと……?」

「そうよ! 昨日、あなたは這いつくばった私をじっと見詰めていたでしょう!? この私に恋していたのでしょう!?」


 その発言に周囲はさらに騒然となりました。そんな中、わたくしはグラキエス様がまた剣を抜かないか、はらはらしていました。しかし彼は剣には手をつけず、目を見張っています。


「何という勘違いの仕方だ……。俺はただ睨んでいただけだ……」


 グラキエス様は苦々しく呟いて、軽く頭を振りました。そしてこちらを見ると、わたくしの手を取って、その手の甲に優しく口づけたのです。




「――俺が愛しているのは、リリウム様ただひとりです」




 彼はそのまま跪くと、わたくしの目を見詰めながらこう告げました。


「どうか俺の愛を受け入れて下さい」

「グ、グラキエス様……!?」

「あなたは俺にとって至高の存在、あなた以外の女性は目に入りません」


 その告白に、周囲は水を打ったように静まり返りました。一部の生徒はうっとりと目を細め、ほとんどの生徒は驚きのあまり目を見張っています。


「あ、あ、そんな急に言われても……」


 わたくしはしどろもどろに答えます。頭の中が真っ白になり、上手く考えることができません。するとグラキエス様はふっと微笑んで言いました。


「返事はいつになっても構いません。いつか素直な気持ちをお聞かせ下さい」

「ほ、本当ですか……?」

「はい、永久に待ち続けます」


 グラキエス様の表情はとても柔和で、天使様を眺めているような心地になります。美氷の君がこんなに優しいとは思ってもいなかったので、強く胸を打たれました。


 すると突然、大声が響き渡ったのです。


「ふ……ふざけるなッ! どうしてリリウムが私のグラキエス様に求愛されているのよッ!? こんなの有り得ない! 嘘嘘嘘嘘嘘だああああああッ!」


 憤怒の表情を浮かべたロサは鞄を思い切り振り上げ――




 わたくしの顔へ振り下ろそうとしました。




 しかし――

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第7話


 突然のことに、グラキエス様は剣を抜くことができませんでした。彼の護衛も生徒達の波に流されてしまい、遠くで慌てています。こうなったら、自分自身で身を守るしかありません。


 わたくしは妖精へ向けて叫びました。


「妖精達よ! 助けてちょうだい!」

『はいっ! 姫様っ!』

「きゃあああああああああッ!? 痛い! 痛い! 顔が痛いいいいいいッ……!」


 ロサは悲鳴を上げると、鞄を落して地面に転がりました。


 彼女には見えていないでしょうが、無数の妖精が群がってその顔をつねっているのです。しかしロサは痛みに耐えてこちらを睨むと、わたくしの足首を掴もうと手を伸ばしたのです。


「この馬鹿リリウム――ギャアッ!?」


 その時、グラキエス様がロサの手を踏みつけました。彼は氷のように冷たい表情を浮かべ、彼女を見下ろしています。


「貴様、やはり斬って捨てる」

「グ、グラキエス様ッ……! それだけはやめて下さいッ……!」


 わたくしの制止も聞かず、グラキエス様は剣を抜きます。




 そして銀色の抜身が一閃しました。




「……ヒッ! ヒイイイィッ!?」


 はらり、とロサの前髪が舞い散ります。


「本来なら斬り捨てたところだが……リリウム様に免じてこれで許してやる」


 グラキエス様はそう告げると、剣を鞘へ仕舞います。一方、ロサは斬られて落ちた自分の前髪を見ると、青ざめて失神してしまいました。わたくしも足の力が抜け、その場に座り込んでしまいます。


「リリウム様、無事ですか?」

「はい……妖精達が守ってくれたので……」

「本当に申し訳ありません。俺が守れなかったばかりに、あなたの正体が生徒達にバレてしまって――」

「え?」


 ふと顔を上げると、周囲の生徒達がこちらを見詰めていました。


「よ、妖精姫だ……!」

「リリウムさんは妖精姫だったんだ……!」

「素敵! 憧れのリリウム様が妖精姫だったなんて!」

「リリウム様、最高です! かっこいい!」


 ワアアアと歓声が上がり、生徒達が興奮します。誰もが目を輝かせて、嬉しそうにしていました。わたくしはどうしていいのか分からずに、ただ座り込むばかりです。


「……リリウム様、今日は帰りましょう」


 グラキエス様に、わたくしは頷きます。


「え、ええ……随分迷惑をかけてしまったし、帰りましょう……」


 わたくしは皆に頭を下げると、グラキエス様と共に馬車に乗り込みました。しかし生徒達の興奮は収まることなく、いつまでもいつまでも歓声が続いているのです。


「あのう、妖精姫って嫌われ者ではないのですか……?」


 わたくしはずっと妖精姫は人間に嫌われていると思っていました。なぜなら養女になったばかりの頃、リジューレ伯爵夫妻の目の前で妖精の力を使ったら、「気味が悪いから、妙な力を使うな」と言われたからです。


 しかしグラキエス様は首を横に振って答えました。


「まさか。王族は過度に恐れていますが、それ以外の国民からは愛されていますよ。恐れ多いので、普段はその思いを口にしないみたいですけどね」

「あ、愛されているのですか……!?」

「ええ、妖精達の大切な姫ですから、人間達も敬愛しているのです」


 その事実に、大きな衝撃を受けます。




「今後、リリウム様は学園で崇められることになりますよ」




 グラキエス様の言葉に、わたくしは絶句していました。

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第8話


 フェジョン公爵家へ帰ると、お父様とお母様が迎えてくれました。


「リリウムちゃん! どうしたの!?」

「リリウム君、学園で問題でも起きたかい!?」


 お二人が突然帰ってきたわたくし達を見て、慌てています。するとグラキエス様が学園での出来事を報告してくれました。


「そんな酷い目に遭ったのですか……!?」

「リジューレ伯爵家の性悪娘め……! 絶対に許さんぞ……!」


 お母様はわたくしを抱き締め、お父様は怒りに震えます。まだ少しの付き合いですが、お二人共わたくしをとても愛して下さっているのです。


「そもそもリリウム君はあの伯爵家で虐待を受けていたのだろう? その上、学園で性悪娘に暴言を吐かれ、暴力まで振るわれそうになった。これは貴族院に訴えて裁判を行ってもいいくらいの事件だ」


 お父様の言葉に、お母様が頷きます。


「その通りよ。私達、戦うわ」

「ああ、絶対に勝利してみせる」

「お父様……お母様……落ち着いて下さい……」


 わたくしは困惑し、グラキエス様に視線で助けを求めます。すると彼は小さく頷き、こう言ってくれたのです。


「その件は王家に任せてくれ。それよりも、リリウム様は少し気分転換が必要だ。庭に散策へ出かけても?」

「グラキエス様がそう仰るなら……」

「ええ、王家にお任せ致します……」


 そしてわたくしとグラキエス様は公爵家の庭へ出ました。




「まあ、綺麗な庭園ですね!」

「フェジョン公爵夫妻はガーデニングが趣味ですから」


 春の庭園には緑が生い茂り、ありとあらゆる花が咲き始めています。わたくしはそんな初々しい光景をぐるりと見渡しました。


「素敵! わたくしも将来は夫婦でお花を育てるのが夢なのです!」

「夫婦で……ですか……?」

「ええ、そうです!」


 花咲く庭園はとても見事で、疲れを癒してくれるようでした。しかしグラキエス様は花には目をやらず、こちらを見詰めています。その表情はどこか悲し気で、いつもの彼らしくありません。


「グラキエス様……? どうなさいました……?」


 そう問うと、彼は口を開きました。


「リリウム様には心に決めたお相手がいるのですか?」

「それは……」


 彼の言葉に触発され、遠い過去を思い出します。わたくしがまだ七歳だった頃、森で迷子になっていた年上の少年を助けた思い出が蘇りました。


「昔、わたくしは森でひとりの少年を助けました。彼の壊れそうな心をこの手で癒したのです。その時、触れた彼の心はどんな心よりも素晴らしかった……」


 わたくしは目を閉じ、語ります。


「妖精には人間の心が感情を発する宝珠のように見えます……。あの少年の心は輝く星のように美しい宝珠でした……。表面は凍るほど冷たいのに、その中心は燃えるように熱い……。わたくしはあの少年の心に恋をしてしまったのです……」


 こんなことを語ったら、グラキエス様が傷つく。それは分かっていました。しかし学園前で彼に言われた通り、素直な気持ちを伝えるべきだと思ったのです。わたくしは胸を痛ませながら、彼の顔に目を向けました。


 深く悲しんでいるかもしれない……。

 酷く怒っているかもしれない……。


 しかし彼は口を押え、震えていたのです。


「リリウム様……その少年は自分のことを“グレン”と言いませんでしたか……?」

「え!? その通りです! なぜ知っているのです!?」


 するとグラキエス様は泣き笑いの表情を浮かべました。




「グレンは俺です……。俺がグレンなんです……」




 その告白に、わたくしは大きく息を飲み込みました。

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第9話


 グラキエス様は語り始めました。


「俺は国王陛下と前王妃殿下の子なのです。母上は俺が十歳の時に亡くなりました。その死はあまりに辛く、俺は護衛の目を盗み、狩りの途中に森へ逃げたのです」


 彼は遠い目をしながら、続けます。


「死んでやるつもりでした。母上の後を追うつもりでした。しかしそこで俺は幼き妖精姫と出会ったのです。俺は警戒心からグレンと偽名を名乗りましたが、彼女の方は警戒もせずに、俺の壊れそうな心を癒してくれました。その後、護衛が駆けつけて連れ戻されましたが、城に戻った俺は心の異変に気づきました。俺は妖精姫に……いえ、あなたに恋をしていたのです」


 わたくしはグレンを思い出します。


 泣き腫らした目をして、痩せ細っていた少年――そんな昔の彼と今の彼では見た目がだいぶ違います。しかしあの少年はグラキエス様だった。そして再び巡り合うことができたのです。


「リリウム様……どうかまた俺の心へ触れて下さい……」


 グラキエス様はわたくしの手を取り、自分自身の胸に当てました。妖精は人間の胸に触れることで、相手の心の宝珠を見ることができます。彼はそれをしてほしいと、わたくしに言っているのです。


「いいのですか……?」

「ええ、俺はあなたに相応しいでしょうか……?」


 そしてわたくしは彼の心に触れました。


 かつて触れた時は壊れそうな心でしたが、わたくしが癒したためにその傷は塞がっています。そして再び目にした心は、あの時のように高潔さを示す冷たさと正義感を示す熱さを持って輝いていたのです。




 この目から、涙が溢れました。




「リリウム様、どうか俺と結婚して下さい」

「結婚……? 妖精のわたくしとですか……?」

「妖精か人間かなど関係ありません。あなたが愛おしいのです」


 触れている彼の心の宝珠から愛の感情が発せられて、思わず身震いをしました。彼はわたくしへ純粋な愛情を抱いているのです。


 それはこちらも同じ……同じでした。


 彼のプロポーズに、わたくしは泣きながら微笑みます。


「ええ、どうぞよろしくお願い致します」


 そう答えた瞬間、彼に強く抱き締められました。その抱擁は情熱的で、相手が美氷の君とは思えないほどでした。


 わたくしは幸せに包み込まれ、そっと目を閉じました。




…………

………

……




 やがてわたくし達の間で心が通じ合ったことは、国王陛下と王妃殿下も知るところとなりました。お二人はこのことに感激し、すぐにでも結婚すべきと仰って下さいました。そして式の日取りが決められ、結婚の準備が進められていったのです。


 そしてプロポーズから一ヶ月半後、わたくし達の結婚の前祝いが宮廷で開かれることが決まりました。国中から貴族を呼び集め、盛大な舞踏会を行うのです。


 しかし国王陛下が心配そうな表情で、切り出しました。


「リリウム様……。ひとつ問題が……」

「国王陛下、どうなさいました?」

「リジューレ伯爵は舞踏会に呼ぶのですか……? あなたを虐げた憎き相手を……」


 わたくしは少しだけ微笑んで、答えます。


「ええ、リジューレ伯爵家も呼びましょう。全ての貴族が呼ばれているというのに、あの家族だけ仲間外れでは可哀想でしょう」

「そうですか……。何も起きないと良いのですが……」

「大丈夫ですよ。妖精に見張らせますから」

「ああ、それなら安心ですな」




 そう、伯爵家は何もできません。




 なぜならわたくしには妖精姫の能力があるだけでなく、妖精とグラキエス様がいるのですから――

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第10話 ―ロサ視点―


 おかしい、こんなの絶対におかしい。

 リリウムが家を出ていってから、全てがおかしいわ。


「もう駄目だッ! 事業が失敗して借金まみれだッ! 今までは何もかも上手くいっていたのにッ!」


 お父様が頭を抱えながら叫んでる。


「もう嫌ッ! どうしてこの屋敷には召使がひとりもいないのッ!? 今までは皆、嬉しそうに仕えていたのにッ!」


 お母様が半狂乱になって喚き散らす。


 私もずっと顔面が痛いままで、パンパンに腫れ上がってる。この見た目の所為で、婚約者のルース様には婚約破棄を言い渡されてしまった。それなのにリリウムがグラキエス様と結婚するなんて、信じられない……!


 憎い! 恨めしい!

 きっと全部リリウムの所為よ!


「この不幸ってリリウムの仕業じゃない!? あいつが私達を苦しめているのよ!」

「何を馬鹿なことを……」

「そうよ、無関係だわ」

「でもリリウムが出ていってから、この家で悪いことが起き始めたのよ!? 何か心当たりはないの!?」


 私が食い下がると、二人は考え始めた。やがてリリウムの様々な記憶を語り、やがてこう呟いた。


「昔、あいつは妙な力を使って、自分のことを何とか姫って言ってなかったか?」

「そうね、何姫だったかしら?」


 その言葉を聞いて、私は閃いた。


「もしかして妖精姫じゃない!? あいつ、私に殴られそうになった時、妖精に助けを求めたのよ! きっと妖精に襲われたから、私の顔は腫れたままなのよ!」

「そ、それだっ! 妖精姫だっ!」

「そうよ、それよ! ずっと森で保護した孤児だと勘違いしていたわ!」


 そしてお父様とお母様はたった今思い出した過去を話してくれた。


 六年前、二人は訪れた森で、ひとり彷徨うリリウムを発見したそうなの。“自分は妖精姫だが、死んでしまった妖精王の命令により、人間と暮らさなくてはいけない”と語る彼女を二人は孤児院へ連れて行こうとした。でもその途中、次々と幸運に恵まれたため、リリウムを養女にすることにしたの。


 そして養子の手続きの際、リリウムが妖精姫だと王家に知れて、国王陛下が大慌てで駆けつけたらしい。しかし当時の両親は幸運をくれるリリウムに優しかったし、リリウムもそんな二人を慕っていたから、国王陛下は預け先として認めてくれたそうなの。さらには妖精姫が妖精王の力を全て受け継いだと知るや否や極度に怯えて、それ以降は様子を見に来なくなったって。


 やがて両親は幸運に慣れていき、リリウムを軽んじるようになった。そして「気味が悪いから、妙な力を使うな」「馬鹿みたいだから、自分のことを妖精姫と言うな」と命令したの。するとリリウムがその命令を守った所為で、両親はあいつが妖精姫であることを忘れてしまったらしいのよ。


 それで両親は厳しい躾を始め、ついには邪魔になったリリウムを働きに出そうとした。しかしあいつは自ら家を出ていってしまった――


「クソッ、リリウムめッ! 私達を不幸にするために家を出たのか!」

「恩を仇で返すなんて、最低よッ!」

「絶対に復讐してやるわッ!」


 私達はリリウムに復讐すると誓った。


 あいつは六年も育ててもらった癖に、両親を不幸にしたのよ? しかもグラキエス様をたぶらかして奪ったのよ? こんな最低女、他にいるかしら?


 できるだけ苦しみを味わって死んでほしいわね!




 それから私達は妖精について調べ始めた。


 この国では、目には見えない妖精が無数に存在して、そこら中を飛び回っている。そして人間に恩恵と加護を与えるのだけど、悪い人間には罰を下したりする……。


 私は一心不乱に妖精の書物を読んだ。

 きっときっと何か弱点があるはずよ。




 そして私はついに、妖精が苦手なものを見つけ出した。




「こ、これだわ……! これさえあれば、妖精姫を……!」




 このことをすぐにお父様とお母様に知らせると、二人共とても喜んでくれた。


「よくやった、ロサ! これでリリウムに復讐できるぞ!」

「ええ! 一週間後の舞踏会で、リリウムに復讐しましょう!」


 私達はなけなしのお金を使い、ドレスとタキシードを新調した。勿論、妖精の弱点を用意することも忘れていない。




 うふふ、これでリリウムの苦しむ顔が見れるわね!




 最高の気分よ! 舞踏会が待ち遠しいわ!

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第11話


 今日は舞踏会の日です。


「妖精姫様! グラキエス様! この度は、おめでとうございます!」

「ええ、ありがとうございます」


 広間入口にて、国中の貴族が次々とお祝いの言葉をくれます。わたくしとグラキエス様はそんな貴族へにこやかな笑みを返していました。


 やがてほとんどの貴族が集まった頃、フェジョン公爵家のお父様とお母様が近づいてきました。


「大丈夫? 疲れていないかしら?」

「リリウム君、別室で少し休むといい」

「ありがとうございます、お父様、お母様。でもまだ平気ですから」


 そんなやり取りをしていた時、三人の貴族が近づいてきました。見ると、それは元両親のリジューレ伯爵夫妻と元妹のロサでした。緊張が走り、グラキエス様がわたくしの肩を抱きます。


「あらぁ、お姉様! ご結婚おめでとう!」

「リリウム! 第一王子と結婚するなんて、父として鼻が高いぞ!」

「うふふ、リリウムは我がリジューレ伯爵家の娘ですものね?」


 その言葉に、わたくし達は凍りつきました。特にフェジョン公爵家のお父様とお母様は表情を強張らせ、リジューレ伯爵家の面々を睨みつけています。


「は……? リリウムちゃんは我がフェジョン公爵家の者ですが……?」


 お母様が威嚇するように言うと、伯爵夫妻は可笑しそうに体を揺すりました。


「あらあら? リリウムを六年も育てたのはうちですわよ?」

「その通り! 六年もだ! しかしそちらは数ヶ月でしょう!?」


 ハハハハハハと伯爵家が高笑いをします。それを目にしたお父様は怒りのあまり歩み出し、グラキエス様に制止されました。


「フェジョン公爵、挑発に乗るんじゃない」

「し、しかしグラキエス様……!」

「いいから、言わせておけ」


 わたくし達はその場を去り、広間の奥へ向かいました。あともう少しで国王陛下と王妃殿下が入場し、舞踏会が始まります。


「わたくしの両親は亡き妖精王と王妃、そしてお二人だけですからね?」

「ありがとう……リリウムちゃん……」

「リリウム君がそう言ってくれると、嬉しいよ……」


 この言葉で、お父様とお母様はだいぶ落ち着いたようです。


 やがてファンファーレが鳴り、国王陛下と王妃殿下が入場してきました。お二人は王家席の前に立つと、参加者へ向けて挨拶を述べます。その後、国王陛下がわたくしとグラキエス様を見詰めて嬉しそうに言いました。


「我が国に恩恵と加護を与えてくれる妖精姫リリウム様に感謝を! 我が息子グラキエスは妖精姫様と共に、この国を更なる繁栄に導きます! そしてリリウム様の養親となったフェジョン公爵家は永劫に祝福されるでしょう!」


 お父様とお母様がお辞儀をして、一歩前へ出ます。しかしリジューレ伯爵家の三人が、それを遮ったのです。


「お待ち下さい! 妖精姫リリウムを育てたのはリジューレ伯爵家です!」

「ええ! リリウムは私達の娘です!」

「そう! 彼女は私のお姉様なのよ!」


 その言葉に耐え切れず、わたくしは三人に近づいていきました。丁度、広間の空白地帯で、対峙するような形になります。




 すると――




「罠にかかったわね、妖精姫ッ! 目に物見せてくれるわッ!」




 ロサがそう叫びますが、本当に勝てるつもりでしょうか……?

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第12話


「妖精姫、喰らええええええッ……!」


 ロサが叫び、剣を取り出して襲いかかってきました。


 それはただの剣ではなく、妖精の弱点である“純鉄製の剣”です。元々、妖精は鉄が苦手であるため、その鉄の純度を高めた武器は妖精にとって最大の弱点となるのです。


 もし妖精姫の能力を発揮したとしても、純鉄で作られた武器を壊すことはできません。このままではわたくしも妖精も刺され、深い傷を負うでしょう。




 しかし――




「――過ちに気づいて、ロサ」




 わたくしは隠し持っていたオリハルコンの短剣を抜き、ロサと剣を交えます。激しい金属音が響き渡り、相手が持っている純鉄の剣は根元から折れてしまいました。


「なッ!? 何ですってえええッ!?」


 ロサは慌ててリジューレ伯爵夫妻を振り返ります。二人も純鉄の剣を持っていましたが、それらはグラキエス様のオリハルコンの長剣に折られてしまっていました。


 すぐさま衛兵が駆けつけ、三人から残りの凶器を回収します。それを見届けたわたくしとグラキエス様はオリハルコンの剣を宮廷の召使に渡しました。


 それらは国宝であり、今回のためだけに国王陛下が貸してくれたものです。純鉄は脆い金属ですが、一発で折ることを考えて世界最高の硬度を誇るオリハルコンの剣を用意したのでした。


「妖精姫を襲って人質にする計画が失敗しただと……!」

「そうよ……! 王家から身代金を得たら、妖精姫を殺して国外逃亡するつもりだったのに……!」


 ぺらぺらと自白する伯爵夫妻に、思わず呆れ返ります。まあ、わたくしが妖精姫だという事実を忘れてしまうような方々なので、仕方ないとは思いますが。


「どうして……!? どうして計画が失敗したのよ……!?」


 衛兵に押さえつけられるロサに、わたくしは答えました。


「逆に、どうして計画が成功すると思ったの、ロサ? わたくしがあなた方を妖精に見張らせていたとは思わなかったの?」


 その途端、伯爵家の三人は口をあんぐりと開きました。


「まさか……妖精を使い、私達の会話を盗み聞いていたの……!?」

「ええ、その通りよ。普段はそんなことしないけれどね」


 舞踏会の開催が決まった時、わたくしはリジューレ伯爵家とその周辺を縄張りとする妖精達にある命令を出しました。それは、伯爵夫妻とロサの言動を見張り、逐一報告せよという命令です。そのため伯爵家がわたくしへ復讐しようとしていたことは、舞踏会の一週間以上前から分かっていたのです。


 すると三人は一瞬だけ鬼の形相を浮かべ、そして哀れっぽく泣き出しました。


「わああああああ! リリウムは最低だ!」

「そうよ! 私達家族を虐げていたのよ!」

「ええ、私はお姉様に虐待されたわ!」


 どうやら三人はこちらへ罪をなすりつける作戦に切り替えたようです。わたくしが呆れを通り越して悲しくなっていると、グラキエス様が歩み出ました。


「リジューレ伯爵家の者達よ、貴様らの悪しき計画は前々から分かっていた。だから王家は舞踏会へ参加する貴族達へ密かに知らせておいたのだ。今日、舞踏会の前に、あることを執り行うと」

「何ですと……!?」

「あることとは……!?」


 そしてグラキエス様は冷え切った表情で告げます。




「貴様らの断罪だ。国中の貴族の前で、その罪を暴かれるがいい」




 リジューレ伯爵夫妻とロサは愕然とした表情を浮かべていました。

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第13話


 リジューレ伯爵夫妻とロサは叫びます。


「だ、断罪だとおおおッ!?」

「どうしてそんなことをッ!?」

「私達はむしろ被害者なのにッ!?」


 しかし衛兵は伯爵家の者達の肩を掴むと、王族席の前まで引き摺っていきました。国王陛下も王妃陛下も冷たい表情で、三人を見下ろしています。


「被害者だと? よくもそのようなことを言えたな?」

「自分達の所業を暴かれるといいわ」

「ぐッ……ううッ……」


 やがて国王陛下は前へ歩み出ました。そしてわたくしへ向けて深々と頭を下げます。


「断罪の前に、妖精姫リリウム様に心からのお詫びを申し上げます。儂を含めた王族は、妖精王様の全能力を受け継いだリリウム様を恐れ、彼女を保護する役目を怠ってきました。しかしリリウム様は寛大な心で、それを許して下さいました。だからこそ儂と王妃は今ここでリジューレ伯爵家を断罪する役目を務めさせて頂きます」


 その言葉を受けて、わたくしは国王夫妻へお辞儀をします。すると貴族達も納得したように頭を下げました。




 そして断罪が始まりました。




 まず、国王陛下は恭しく手紙を取り出し、目の前に掲げます。それはわたくしがリジューレ伯爵家での酷い扱いを余すことなく記した手紙です。そして国王陛下は貴族達に自由な発言を認めると、語り始めました。


「これはリリウム様が儂に宛てた手紙だ。ここには、“三年前から食事は毎日もらえず、もらえたとしてもカビたパンと水だけ”と書かれてある。さらに“自室は鼠と蜘蛛だらけの屋根裏部屋で、掃除することも禁じられていた”そうで、“毎日のように暴言を吐かれて、暴力まで振るわれた”とある」


 その内容に、集まった貴族達は怒りの声を漏らします。


「妖精姫様に何てことをするんだ……!」

「リジューレ伯爵家は最低だ……!」

「そんなことして被害者だなんて……!」


 するとリジューレ伯爵が声を上げました。


「その手紙は嘘だッ! リリウムを見てみろ! あいつは痩せ細ってもいないし、病気にもなっていない! さらには怪我の跡もないだろう! 妖精姫は大嘘吐きだ!」


 それは部分的に本当でした。確かに、わたくしは深刻なまでには痩せていないし、病気もしていないし、体に傷跡もありません。しかし王妃殿下が厳しい表情で言い返します。


「そんなの当たり前です。相手は妖精姫様ですよ。妖精に食料を分けてもらい、病気や怪我を自らの治癒力で治していたのです。しかし自力でどうにかできるからと言って、彼女を苦しめていい訳ではありません」


 “その通りだ!”と貴族から声が上がり、伯爵はばつが悪そうに口を噤みました。


「さらに、リジューレ伯爵家はリリウム様を悪徳業者に売ったらしいな? 従業員の女性を低賃金で働かせ、娼婦として扱う……そんな親戚に売りさばいたと」

「ち、違います! 働き口を見つけてやっただけです!」


 伯爵の反論に、広間が騒然とします。しかし国王陛下は冷静に返しました。


「働き口だと? 妖精姫様を屋敷から追い出すことを失礼だとは思わなかったのか?」

「しかし……私達は相手が妖精姫だと忘れていたのです……」

「忘れていた? そんなことは言い訳にはならん。相手が人間の養女だったとしても問題ありだ。それに貴様は罪を否定し続けておるが、王家の調査により証拠はすでに挙がっておる。観念するがいい」

「う、うう……」


 そして国王陛下と王妃殿下が告げました。


「妖精姫様への虐待と身売り。そして王族となる彼女への傷害未遂と殺害計画。さらには王家へ身代金を要求し、国外に逃亡する計画まで立てた……死刑確定だな」

「しかもその計画を実行に移そうとしたわ。死刑だけでは済まないわね」


 その途端、伯爵夫妻とロサはびくりと震え――わたくしを見て泣き出しました。


「リ、リリウムッ! 助けてくれえッ!」

「お願い! 無罪にしてえええぇ!」

「死にたくない、死にたくないよぉ!」




 その姿は必死で、可哀想なくらいでした。




 わたくしは息を飲むと、心に決めた答えを語り始めました――

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第14話


 静寂の広間に、わたくしの声が響きます。


「わたくしは一度、リジューレ伯爵家の所業を許しました。処刑するという王妃殿下からの提案をお断りしたのです。なぜなら妖精姫は人間に恩恵と加護を与える存在ですからね?」


 ゆっくり、ゆっくりと、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎます。すると泣いていた三人の瞳に希望の光が宿りました。


「や、やっぱり! リリウムは優しい!」

「ええ、自慢の娘だわ!」

「ああっ! お姉様ぁ!」


 リジューレ伯爵夫妻とロサが微笑みます。わたくしはそれを横目で見ると、表情を崩さずに話を続けました。


「そう、わたくしはかつてそんな決断をしました。いくら自分に酷いことをした人と言えど、処刑される姿は見たくなかったのです。しかし今後、わたくしはこの国の王族となります――」


 そう言うと、三人が顔色を変えました。


「お、王族になっても、リリウムは優しいままだよな!?」

「私達に恩恵と加護をくれるのよね!?」

「お姉様! 私を見捨てないでしょ!?」


 わたくしはゆっくりと首を横に振ります。


「いいえ、皆さん。王族になるということは、わたくしがただの妖精姫でなくなることを意味します。これからは王族の自覚を持って、それなりの振る舞いをしなくてはなりません」


 最後にリジューレ伯爵夫妻とロサの顔を眺め、そして国王陛下を見ます。




「だからわたくしは国王陛下の判断に従います。この国の法律で三人が死刑なら、それを受け入れます。胸が痛みますが、これがわたくしの決断です」




 直後、国王陛下が重々しく答えました。


「リリウム様、そのご決断に感謝の意を表します」


 わたくしはそれを受け、お辞儀を返します。すると国王陛下と王妃殿下は最大の敬意を示すお辞儀を返してくれました。貴族達も深く頭を垂れ、この決断を受け入れてくれているようでした。




 しかし伯爵家の者達は――




「ふ、ふざけるなッ! 何が王族だッ!」

「あなたは妖精姫でしょッ!? 人間を助けるしか価値のない存在でしょうッ!?」

「そうよッ! さっさと前言撤回して、私達を助けてよおッ! この無能ッ!」


 三人共、必死の形相で叫んでいます。わたくしは死が確定した人々に追い打ちをかけることは言えず、口を噤んでいました。


「何を黙っておるッ!? まったく愚図な娘だッ! 大恩のある養父が死刑にされかかっているのだぞッ!? さっさと助けろッ!」

「本当だわッ! このウスノロ娘ッ! 私はあなたの養母よおおおッ!? あなたよりも、偉いのよおおおッ!?」

「もうリリウムなんてどうでもいいわッ! グラキエス様、私と逃げてえええッ!」


 三人は絶叫しながら暴れ始めます。衛兵が必死に抑えようとしますが、ロサだけがその手を逃れてグラキエス様の元へ走っていきました。


「グラキエス様、助けてッ! グラキエス様ああああああッ!」


 ロサは彼に駆け寄りながら、満面の笑みを浮かべて叫びます。




「ああん、グラキエス様ッ! 本当に愛しているのは私ですよねッ!? 私を攫って逃げてくれますよねッ!? 今からその胸に飛び込ませて下さいッ!」




 ロサはそう叫び、グラキエス様の胸に飛び込もうとしますが――

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第15話


 グラキエス様の冷たい声が、広間に響き渡りました。




「ロサ・リジューレ、いつまで幻想を見続けるつもりだ」




 彼は電光石火で剣を抜き、ロサの目の前に突きつけました。ロサはバランスを崩しながら、慌てて立ち止まります。しかしその反動で前のめりになり、静止した剣先が彼女の頬を掠めました。


 ロサの頬から、つうぅと血が流れます。


「いっ、痛い……!? 何をするの、グラキエス様ッ……!?」

「俺は自分自身とリリウム様に害をなす存在を遠ざけているだけだ」

「はあ……!? 害をなすぅ……!?」


 彼女の顔が赤く染まり、表情が歪みます。


「どうしてそんなことを言うのッ!? グラキエス様は私と一緒に逃げるのッ! そして白い家で子供を何人も作って幸せに暮らすのッ! ねぇ、そうでしょッ!?」


 しかしグラキエス様は何も答えず、剣を手にしたまま警戒を続けています。やがて彼に何を言っても無駄だと悟ったロサは恐ろしい表情で、わたくしを睨みました。


「リリウムッ! アンタが悪いのよおッ! いつも私が好きになった男の心を奪って……ちょっと可愛いからって図に乗らないでッ! ぶっ殺してやるッ!」


 ロサはそう叫ぶと、こちらへ駆けてきました。爪の長い手を伸ばし、わたくしの喉を締めようとしているかのようです。


「リリウム、死ねええええええええええええッ……!」


 その殺気は凄まじく、小さな妖精では手に負えないほどです。妖精姫の能力を発動して身を守るべきでしょうか……そう悩んでいると――


 血飛沫が……――




「リリウム様に触れるな、悪魔め」




 空中に、ロサの右腕が舞いました。


 グラキエス様が剣で彼女の腕を叩き斬ったのです。




「いっ……いやああああああッ!? 私の腕がああああああッ!?」

「ロ、ロサ……――」




 わたくしは腕を失くしたロサを見るなり、足の力が抜けてしまいました。一方、叫び声を上げるロサを、衛兵達が取り囲みます。


 すると国王陛下が即座に命じました。


「リジューレ家の者達を牢へ連れていけッ! 決して逃がすなッ!」


 その途端、三人は恐怖に顔を歪めて絶叫します。


「嫌だあああッ! 死にたくない死にたくない死にたくないいいいいいいッ!」

「助けてえええッ! 誰か誰か誰かあッ! 私だけでも助けてええええええッ!」

「いやああああああッ……! 私のグラキエス様あああぁッ……!」


 引き摺られる三人の目には絶望が浮かんでいました。しかしその瞳に目を凝らしてみても、反省や後悔の念は一切見えそうにありません。とても悲しいことですが、やはり三人は法律に則って裁かれるべきなのでしょう。


 ふとグラキエス様を見ると、血のついた剣を拭い、鞘へ納めているところでした。彼はわたくしの視線に気づくと、少しだけ安心した表情を浮かべて騎士のお辞儀をします。




 わたくしはそんな彼に悲しい気持ちのまま微笑み返しました。




 そして断罪は終わり、広間では予定通り舞踏会が行われました。わたくしとグラキエス様は別室で休んでいましたが、全ての貴族達は妖精姫が王家に入ることを心から祝福してくれたそうです。




…………

………

……




 一年半後――


 わたくしとグラキエス様の間には双子が誕生しました。元気なお姉ちゃんと物静かな弟くんで、目に入れても痛くないほどです。


 ちなみに、人間と妖精のハーフである二人の背中にはちっちゃな羽がついています。大きくなったら妖精の力が発達して、その羽も隠せるようになるでしょう。




 その二年半後――


 ニ十歳になったわたくしは妖精女王に即位しました。妖精王は亡くなる前に、人間と共に暮らし学ぶこと、ニ十歳で王位を継ぐことを命じていったのでした。


 しかし妖精女王になったとしても、わたくしには双子の子育てや人間側の王族としての公務があります。そのため、今まで妖精王の代理を務めてくれていた老妖精が、妖精女王の仕事を手伝ってくれることになりました。そうやって多くの妖精と人間に助けられながら、わたくしは深い幸福を感じて生きていました。


 グラキエス様がいて、愛する双子がいて、慕ってくれる妖精と人間がいる……これ以上、幸せなことがあるでしょうか?




 そして春の宮廷庭園にて――


 わたくしは妖精女王の仕事を終え、グラキエス様と共に双子を遊ばせていました。




「おかあさま! おとうさま!」

「うふふ、こっちよ。いらっしゃい」

「俺は捕まらないぞ? ほら、追いかけっこだ!」


 お姉ちゃんと追いかけっこを始めたグラキエス様を微笑ましい思いで眺めます。そして敷物へ座ると、グラキエス様と共に育てた花壇の花を愛でました。わたくしの膝に乗った弟くんは花の妖精に挨拶され、恥ずかしそうに微笑んでいました。




「さあ、レモネードを飲んでね?」

「はぁい、おかあさま」


 わたくしは汗だくのお姉ちゃんの世話をし、グラキエス様は弟くんにおやつを食べさせます。そして二人が眠ってしまうと、彼はこちらの目を見て切り出しました。


「リリウム様、聞きたいことがあるのですが、いいでしょうか?」

「何です? あらたまって……」


 そして彼はこう尋ねました。


「あなたは妖精を使って、グレンの正体を知れたはずです。俺に恋していたなら、すぐに探し出しそうなものなのに、どうしてそうしなかったのですか?」

「そ、それは……――」


 わたくしは頬を染めながら、かつての気持ちを思い出しました。


 確かに、妖精を使えば、グレンがグラキエスという王子だということはすぐに分かったはずです。しかしもし調査した上に追い駆けていって拒絶されたら……そう思うと恐ろしくて何もできなかったのです。


 そのことを伝えると、彼はわたくしの頬にキスしました。


「そうしてくれて、助かりました」

「え? わたくしに追い駆けられたら、迷惑でした?」


 すると彼はふっと笑いました。


「いいえ、違うんです。過去の俺は恋に素直になれない子供でしたから、冷たい態度を取ってしまったかもしれないということです。でも今ならこうして、あなたへ惜しみない愛情を注ぐことができますからね――」

「もう、グラキエス様……」


 そしてわたくし達は花咲く庭園で、長い口づけを交わしたのです。




―END―

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彼は電光石火で剣を抜き、ロサの目の前に突きつけました。ロサはバランスを崩しながら、慌てて立ち止まります。しかしその反動で前のめりになり、静止した剣先が彼女の頬を掠めました。 立ち止まってますが、取り…
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