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炎上商法はもう流行らない

 ライトノベルはもう流行らない。でも私はライトノベル調の駄文しか生成できず、ネット小説を書ける才能もない。ならいっそ、別の文章を書けばいいではないか、近頃は小説よりもネット記事といった単純な読み物が好まれている気がする。SNSでネタを披露するハガキ職人みたいなのもたくさんいる昨今だ。ならいっそ、そっちに挑戦してみるのもいいのではないか。思い立ったが吉日だ。いつもの検索エンジンを立ち上げ、今日は右上のツール欄にあるドキュメントではなく、検索バーの下にあるショートカットから ”Ω” をクリックする。ずらっとタイムラインが表示され、ネット小説書きの更新報告が並ぶ。


「大体みんな、Goodとか拡散だけして、URLは開かないんだよな」


 よくある話だ。互いに互いの小説を読むみたいな文化もあるが、たいていは一話一度きりで、二話目からは読まずに「更新したのは確認したよ、がんばってね!」と足跡だけつけて、自分の執筆に戻る。今日の私もそんな感じだ。せっかく開いたからと、通話アプリでも繋がって作業通話もする友人の報告や、かつて私の作品に「切ない話ですね。続き、あるんでしょうか……? 気になります!」と感想をつけてくれたバッドエンド好き男の投稿をGood&拡散していく。


「むなしいな」


 私は何をしているんだろうと思うことがある。仲の良かった人も繋がっただけの人も、評価やプレビュー数をみるみる増やしている。友人は「いい文書くんだから、きっといつか花開くよ」と励ましてくれたが、数字は何よりも残酷に、私がもう花を咲かせない枯草であることを照明している。枯草ならば土に還って養分として、別の植物の花を咲かせればいいじゃないか。生まれ変わって鮮やかに咲けば、それはそれで文字書きとして嬉しいことだ。言葉で誰かを笑わせたりして楽しませる。文字で感情を揺れ動かす。感動させる。それでもいいじゃないか。


 ひととおりタイムラインに目を通した私は、頭に戻りオオヒラタシデムシのアイコンの横にある薄い「いまなにしてる?」の文字をクリックした。文字の先頭に、見慣れた(バーティカルバーというらしい)が現れた。


「で、何書こう?」


 キーボードに手を置いていたが、すぐに離す。


 ネット小説以上に何を書けばいいかわからない。これにはライトノベルちゃんもあくびをし、なめていたホワイトマターが喉の奥に入り、苦しそうにゴクッと飲み込んでしまう。だが、そのとき、喉を手で押さえるメスガキの背中を擦る影が目に入った。横にも縦にもでかい汗と土とタバコのにおいがする男だ。


「メスガキ師匠!」


 正式名称は ”メスガキ大好きマゾ大工の師匠” だ。かつての職場にいた実在の人物である。あまりにも印象的だったので、気が付けば私の心の隅っこで、タバコを吸いながらライトノベルちゃんを観察する何かの観念と化していた。寡黙でおとなしい男だと思っていたが、ついに重い腰を上げてメスガキに触ってしまったか。いつも「YESメスガキNOタッチだぞ」と言っていたのに見損なった。


 そう思っていたが、ライトノベルちゃんが落ち着いて「ありがとうございます」と言うと、彼は黙ってうなづき手を離し、今度はメスガキに触れていたのと反対の手を私の左肩に置いて耳元へ寄ってきた。


「にいちゃん、にいちゃんにとって俺は何者かわかるか?」

「まさか……」

「俺の名前を言ってみろ」

岡志木(おかしき) 藁威(わらい)!」

「そうだ…ワライだ…俺より優れたワライはいねぇ!」


 いるだろ。ツッコミかけたが、今は藁にもすがる思いで、彼に頼るしかない。思えば積極的にVTuberとして活動していた時に、色々助言してくれたのは彼だったじゃないか。企画はだいたい不発だったが、私のミクロコスモスにおいて、人を楽しませることで彼の右に出る者はいない。


「師匠、私はどんなネタつぶやきをすればよいのでしょうか?」

「架空の集団を真面目に語れ」

「架空の集団?」

「妙なことを目的として妙な活動をする集団を、さも実在しているかのように説明しろ。真面目なにいちゃんだからできることだ。あとはまかせたぞ……」


 そう言うと師匠はさきほどメスガキに触った方の手のにおいをかいだ。瞬間、大男がエビぞり全身を痙攣させながら、顔のありとあらゆる穴から液体を垂れ流し始める。しまいにはほんのり栗の花のニオイがしはじめる。さすが師匠だ。人間どころか生物離れしている。背の可動域の限界まで反っているのか、人体が見たことのない形をしている。痛くないのだろうか、そう思った瞬間、彼は急に膝から崩れ落ちた。私の顔を見て、ぐちゃぐちゃになった顔で満足そうに微笑む。


「我が人生に一片の悔いなしっ!」


 右の拳が天を突き、刹那、体が霧散する。


「さすが師匠、レベルの高い合格点をオールウェイズ出してくれる。私も頑張らなくては……」


 架空の集団を真面目に語る、か。小説でいつもやってることじゃないか。だいたい、どんな作品を書く時にも、何かしらの集団は登場するものだ。当然、彼らがどんな存在かは、作中で真面目に語っている。なら、その目的や活動をコメディーライクにすればいいだけだ。


 どんな集団にしようか。


「猫を揉むとか」


 却下。猫は癒しすぎる。社会に揉まれた人々は、きっとみんな猫を揉みたがってるに違いない。共感がありすぎるとボケもツッコミ生まれにくい。ネタではなく、ただぼんやりとしたつぶやきだ。


「ならギターを揉む?」


 揉むことから離れよう。揉むことの何が面白いんだ。そもそも言葉が曖昧過ぎる。どう触ったら揉むといえるのだろうか。一部を柔らかく握ってやることか。いいや、社会と合わせて揉むというとき、そんな優しい意味ではない。社会に揉まれた人々は、潰れたり命を落としたりしているではないか。じゃあ揉むってなんなんだ。私には扱いきれない。違う表現求む。


「己のち〇ぽを蹴ろうとする『ち〇ぽ蹴り隊』!」


 よし、これでいこう。下ネタは安直過ぎると言われるかもしれない。だが、安直だからこそ万人ウケする。動作についても申し分なし。暴力の文脈では、足で触っただけでも蹴ったと証言されることがある。それは挨拶しただけでセクハラ扱いされるおじさんがいるように、強弱や詳細を問わない概念とまで言える動詞だ。この動作が外に向いていないのもいい。他人を傷つけないことは、昨今の笑いに求められていることだと風の噂で聞いた。完璧。絶対に出来そうもないことを、何とかしようとするロマンチストな感じもたまらない。なにより股間も語感もいい。決定だ。


 方針が決まればあとは進むだけである。私は韋駄天のごとく文字を書き連ねた。


「こんなの……こんなの、はじめてぇ!!」


 背に翼が生えたかのような自由感だった。思ったことが詰まることなく言葉に変わる。いつもはメスガキの誘惑に敗北して手が止まる。彼女は今、師匠に対して♡をつけずに心から罵っている。これに大男は、汁という汁を飛び散らせ、びくんびくん体を震わせる。鬼の居ぬ間に洗濯するなら、メスガキの居ぬ間に執筆だ。つまらないなんて言わせない。詰まらず最後までチ◯コたっぷりな詰め詰め文を食らわせてやる!


「できた!」


 勢いそのまま投稿ボタンを押下する。


『ち◯ぽ蹴り隊

あるヨガサークルから、七人のマゾヒストが効率的被虐を求め結成した団体である。

“至高なるマゾヒストに真なるマゾオ◯ニーを”

をスローガンに掲げ、日夜、己の関節と股間に向き合っている。

かつてち◯ぽ蹴りに成功した者がいた。彼は成功した瞬間に激しく絶頂したことから ”伝説のよがりマスター” と呼ばれ、崇拝されている。』


 投稿は瞬く間に世界を駆け巡り、拡散とGoodは1から100、100から10000と急激に増えていった。SMSのアプリを入れていたスマホは通知がなりやまず、処理落ちかバッテリーがなくなったか、電源が切れてしまった。すっかり熱くなったスマホを握りしめガッツポーズする。師匠も涙を流して嬉しそうだ。


 勝利の余韻にひたりつつ、どんなコメントが届いているのか気になって、パソコンから自分の投稿をクリックすると、熱いのはスマホだけではないことがわかった。


「え、炎上してる!?」


 無限と涌き出る罵詈雑言批判の嵐。安易な下ネタがあまりにも下品だったらしい。さらになんと、架空の団体として想像した ”ち◯ぽ蹴り隊” は実在した。奇跡的に結成の経緯から ”伝説のよがりマスター”という称号まで一致していたらしい。


 大学時代、洋文学の教授はよく「人の想像力はね、ときに現実を凌駕するよ。コールリッジの『クブラ・カーン』しかり、ホメロスの『イーリアス』しかり」 と言っていた。抽象的かつ曖昧なことばかり言う先生だったため学生達から不評で、私も言っていることをわかった気になって満足していたが、今日あれを真に理解した。神がかった想像力で書かれたフィクションは、予言のように未知だったノンフィクションを炙り出すことがある。


「炙られるのは事実だけでいいよ……」


 どうやって火消ししようか。これからのことを考えると気が重くなる。夢なのではないか。いくら顔を撫でくりまわしても現実は変わらない。悪夢だが夢じゃない。だって目は覚めている。さめない悪夢とはまさにこのことである。


 己の迂闊さに震え、投稿とタイムラインを何度も行ったり来たりしていると、通話アプリの呼び出し音が鳴った。画面には友人のペンネームが表示されている。私はゆっくりと緑に光る通話開始ボタンを押した。


「きみ炎上してるよ! 大丈夫!?」


 友人の柔らかくも透き通った声が、荒ぶりを宿して聞こえてきた。姉に似た声だ。私が死に興味を持ち、経験してみようと首に縄を掛けたのを目撃したときの姉にそっくりだ。懐かしい気持ちとともに、情けないやら不安やらなんやら古今東西の感情が混ざり、よくわからなくなって笑えてきた。


「前に私は物書きの枯草って言ったよな? ハハハ、枯草も火が付けば、赤くて鮮やかな熱い花を咲かせるからな……アハハハ……」

「それ燃えて火が出てるだけだよ!」

「ハハハハハ……」


 バズったが全然嬉しくない。なのにどうしてだろう、笑いが止まらない。


「ハハハ、炎上商法はもう流行らない、なあ、マイシスター!」

「いつウチが君のお姉ちゃんになったの!?」

「ごめんな、マイシスター……高校生の頃、シスターのよれよれパンツ盗んだの私だったんだ。お金が欲しくて、ついシスターに恋心を抱いているサイトウ君に売ってしまった」

「きみ姉の二人称マイシスターなのぉ!? というか、唐突になに暴露してるのぉ!?」

「ああ、マイシスター許してくれ、アーメン」


 こうして私は一つの炎上をエタらせた。


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