味のしない飴はもう流行らない
ライトノベルはもう流行らない。でも、やることなすことすべてライトノベル風になってしまう。コンビニバイトの同僚は、どこぞのピンク髪ツンデレヒロインみたいな声をしている。なんとなくはじめたVTuberでは、一人称が「わっち」のケモ耳のじゃロリボイチェンおじさんとばかり、どこぞの行商人のように言葉遊びを交えながらつるんでいる。糸目の胡散臭い石田という友人が、快活な林原という女と付き合っている。しまいには擬人化されたナイトメア ”ライトノベルちゃん” の声が聞こえる。
今日もバイトから帰ってきて執筆を始めると騒ぎ出す。悪夢が。私から憑いて離れない呪いが。
「ざぁこ♡ざぁこ♡」
近頃、ミームとして定着したメスガキの形を成して、右肩にしがみついている。
「俺には『悪霊』が取り憑いている…『そいつ』は俺に何をさせるかわからん」
”何” なんて含みのあるものじゃない。明確だ。私の生活のすべてをライトノベルに染め上げてしまう。これではレベルの高い合格点をオールウェイズ提供できるネット小説が書けない。せっかくメスガキの姿をしているのだ。メスガキといえばわからせ。メスガキと和解せよ。ライトノベルと和解せよ。ということで、今日の私は彼女とじっくりねっとり対談しようと思う。
「ライルちゃん――
私は二人きりのとき、彼女をそう呼んでいる。
――私は雑魚でもロリコンでもない!」
そう言うとライルちゃんは、にたぁっと目を半月にして笑い、私の鎖骨をなぞった。思わずゾクッと身震いしてしまう。
「あっ、反応してるぅ! アハハ、おにいさん、アタシみたいなロリ好きじゃん、ざぁこ♡」
「その語尾にハートつけるのやめろ。文章としてケツに記号がつくのはおかしいんだよ!」
「頭かたいなぁ、それだからざこなんだよ? それにおにいさんもエクスクラメーションマークつけてるよ? それも記号じゃないのぉ?」
「ぐっ……」
言い返せない。間違いなく頭がかたいから、文体を受け入れ、要素を受け入れ、流行るような小説を書けないのだ。それでも言い返さなければならない。生意気なガキには教育が必要だ。立派ではないが、いちおう大人なんだから、彼女に社会というものを示さねばならない。たかが私という小宇宙に生じた、ライトノベルという観念の化身のクセして、宇宙の法則を捻じ曲げるとは何事だ!
「頭がかたいから名作を書くこともできる。君も白髪白髭の眼鏡おじさんが作ったアニメを知っているだろ。こだわりは名作を生むんだ!」
「おにいさん、なんにも生めてないじゃん。ざぁこ♡ 無産階級♡ う〇こ製造機♡ そのまま何者にもなれず歴史の闇に消えちゃえ♡」
妙に詩的かつ哲学的な表現をする。ときどき妙に論理的にも話す。そりゃそうだ。無産階級の私が唯一生んだ娘なのだ。私の語彙と言葉まわしで喋るのは至極当然、火を見るよりも明らか。私にはよく作家界隈で言う、作者より賢い天才を生みだす ”能” なんてないんだから。
その時、私の脳に青い稲妻が走った。このメスガキは私の上に立った気でいるが、無能の私が生んだのだから、格上であるはずがない。間違いなく等しいか、劣っている。勝てる。これまでの敗北も、すすんで負けに行ったためであり、本当は勝てたのだ。なら今日は勝とう。
さて、どうするか?
「いい子にはお菓子をあげよう。これからコンビニ行くが、何が食べたい?」
「アタシ、おにいさんの妄想だよ? 食べれるわけないじゃん。ばぁか♡ おまぬけ♡」
確かにそうだ。実体のない者が実体を食べられるわけがない。
「なら、妄想のお菓子は食えるな?」
メスガキが好きそうなお菓子を想像する。とりあえず甘いものか。甘いものにはどんなものがあっただろうか。チョコレート、シュークリーム、ケーキ、キャンディーなど、考えてみればいくらでも出てくる。出てくるが、見た目と風味をはっきり思い出せない。そういえば私は甘いものが苦手だった。気が向いたときに食べることはあるが「甘いな」としか思っていない。そのせいで、ただ甘いという感覚だけがぼんやりと浮かんでは消え、無に還ってはまた新しいぼやけた甘味が現れる。なんとかそれを飴玉くらいにまとめてメスガキに渡す。すると彼女は人差し指と親指でつまみジッとなめるように眺めた。
「なにこれ、ホワイトマター?」
「甘いお菓子だ」
「わたあめ?」
「甘いお菓子」
「なにこの白いもやもやしたの?」
「私銘菓甘いお菓子ホワイトマター」
「ふぅん……」
小さく赤い舌で、ペロリひとなめする。
「で、味は?」
「ほわっつまたーって感じ」
「甘いのか?」
「まあ甘いよ?」
「うまいのか?」
「まずくはない。おいしくもない。なんというか、一時期流行った味のしないアメみたい」
「私も食べてみようか」
味のしない飴は食べたことがある。ささっとあの味を想像しながら、ホワイトマターを生成し、口に放り込む。
「ホントだ……」
この後しばらく、私もメスガキも黙ったまま絶妙な味に首を傾げた。口さみしいからといくつも生成していくうちに、精度が上がって、ついにはあの半透明な飴玉の形にすることができた。それでも味だけは変わらなかった。私にとってのメスガキが喜びそうな甘いお菓子とは、味のしない飴だったのかもしれない。
「なんというか、作業にちょうどいいな」
「うん……」
「満足したか?」
「うん……」
「書くか、小説」
「がんばれ♡」
一応飴のおかげで満足してくれたのか、ライトノベルちゃんはポンと煙になって消えていった。いや、本来の呪いとしての形に戻ったのか。みるみる執筆は進むが、いつものとおり、出来の悪いライトノベルが書きあがっていく。
「味のしない飴はもう流行らない……」
こうして私はまた一つの作品をエタらせた。