私のち〇ぽはもう流行らない
ライトノベルはもう流行らない。ゆっくり数百ページにわたる文章を読み込む時間は、目まぐるしく状況の変わる今日だとそんなにない。そうだ。あくまでも ”そんなにない” なのだ。だから我々は短く、詰まらず、サクッと読めるネット小説を楽しむのだろう。私が求めているのは、何十時間も風味のマリアージュを意識しながら、昆布の抜き入れのタイミング、鰹節を入れる温度、豚骨は強火でじっくり、みたいに作られた至高のラーメンではない。無骨に炊いたスープで醤油と化学調味料を割って、そこに大量の油と野菜、極太の麺を放したジャンキーで雑に腹を満たせるラーメンだ。つまり私もラノベではなくネット小説を求めているのだ。
とは思うものの、読むと書くでは話が違う。甘いもの好きのラーメン屋が、ケーキを好んでいるからって、店でケーキを作りはしない。ラーメンで稼いだ金でケーキを買うのである。私もサイトで執筆している身だ。しかも、旅をする某ラノベたちに憧れて筆を執った。影響を受けた作品も作品なので、どうしても文体はラノベに寄っていく。ネット小説の独特な文体を身に付けようにも、あの厚顔無恥な主人公の視点から語られる言葉は、読むには心地よいものであるが、書くには恐ろしく苦痛であった。
「私はデリケートなんだよ……」
自分で言うことではない。でもこんなことを呟きながらじゃないと執筆はやってられない。
夜のコンビニでのアルバイトから帰ってきた私は、真っ先にパソコンの電源を入れ、着替えながらOSが立ち上がるのを待ち、デスクトップ画面が表示されたら夕食のカップ麺にお湯を入れてキッチンから持ってきた。座面が一部破れたデスクチェアは、高校生の時から使っていたものだ。そこに座ると、検索エンジンを立ち上げ、付属のドキュメントツールから書きかけの作品を開く。タイトルは「うつろいの魔法使い」で、魔女とその弟子による継承を巡る時間と戦いの物語である。話は私の中では恐ろしく壮大なものになっているが、閲覧数や評価は驚くほど矮小なものになっている。
「やっぱり流行らないよなぁ……」
手が止まる。目的は己の内にある美しい物語を他の人に見せつけることだ。つまり美しいオ〇ニーを見せびらかすのである。すると見てもらうのが最優先だ。だったら伸びてないんだしテコ入れが必要ではないか。私は一口でカップ麺の麺を全部すすり上げて、ため息一つ椅子の背にもたれかかった。
「異世界転生とか転移?」
文体はどうにもならない。矯正しようとしてもなかなか治らなかったのだから、今はありもので戦うしかないだろう。それなら要素で勝負だ!
「主人公は転生者で、時間や空間を超えた存在だから、時間の魔法使いである魔女に気に入られ、継承者として弟子にされた?」
いいや、ダメだ。異世界を語るのに無垢な視点は、読者の感情移入を誘うのにちょうどいい。だけど異世界人たちが世界語りの説明役になってしまう。特にすべてを知っている魔女は、絶好の説明役だろう。今のままでも解説することにはなるのだから、もっと役を軽くしたほうがいい。一応メインヒロインたる彼女にはもっとおセンチな人であってほしいし、却下。
「ならチートスキル!?」
却下。物語として書きやすいのはあるが、継承者として覚醒していくという ”成長” を意識すると、私の実力では扱いきれない。もともと強いものがより強くなるというのもありだが、成長のためにより強いものを登場させなければならないカンスト合戦がはじまる。どのみち最強の主人公による無双がはじまる。戦いはもっとシビアなほうがいい。
「伝統芸、外れスキル!」
某漫画から始まった一見弱いスキルによる活躍劇。あり。精神、能力、肉体あらゆる成長が描ける。とても良い。あり。だが、そもそもスキルという観念がどうもしっくりこない。物語は魔法知らずと魔法使いという二種類の人間がいるという設定だ。魔法は主に四属性あり、火、水、風、土である。ヒロインはそのどれでもない時、あるいは魂の魔法使いである。能力は死者の魂を裁けるのと、老いと若返りを繰り返すこと、不死身だ。彼女の弟子になった時点で、チートも外れもすべて背負うことになる。なら、もうスキルというべきものは組み込んでしまっているではないか。却下というより除外か。もっと盛り上げてくれる新しい要素を加えねば、数字もモチベーションも上がらないだろう。
「パーティー追放……」
パーティーなんてない。勝手に騒いどけ。
「悪役令嬢……」
その観念を知らない。知らないものはかけない。おわりだ。
「最弱うんぬんかんぬん?」
もはや何が何だかわからない。
「クズの王様」
中世ヨーロッパファンタジーならあり。あいにく違うんだよ。この作品のイメージは、18世紀イギリスなんだ。王族もいるが、ブルジョワジーの時代だ。庶民が活躍する舞台である。
「万策尽きた……」
私のちっぽけな教養ではこれ以上出てこない。ありそうなことをひりだす知能もない。こういう困ったときは、人工知能に尋ねるのが良い。私は「なろう 要素」で検索をかけた。出てきたのは中世風ファンタジー、事故や病死による転移転生、作品名が長いという言葉の羅列。ここまでは53点。だが、その最後に今の私にピッタリな言葉があった。
「作家性を求めない!!」
それだ。私は作家になろうとしていた。レベルの高い合格点をオールウェイズなラーメンを作ろうとして、頑固おやじの至高の一品を作ろうとしていた。考えるな感じろ。don't think, feel.だ。深く考えずに物語を書ける。己の快楽に忠実なまま作品が出来上がる。それがネット小説じゃないか。ち〇ぽだ。ち〇ぽで文を書け! 筆おろしとかいうじゃないか。我が股座には立派な筆がぶら下がってるじゃないか。それなら、こいつで執筆してやるのがいいのではないか。
「盛り上がってきたぜ!」
ネット小説の主人公のようなセリフを吐き捨て、私はあたりが明るくなるまで色々な意味で ”盛り上がり”ながら キーボードをたたき続けた。
結果――
「伸びてない……」
私のち〇ぽは使い古しだった。もう私はライトノベル専用ち〇ぽになってしまったのだ。このブツはライトノベルの形に調教されてしまって、もうネット小説を落とす形もテクニックもない。擬人化されたライトノベルちゃんのささやきが聞こえる。
「もうアタシ以外の人とセッ〇スできないねぇ♡」
「ぬわーーっっ!!」
名状しがたき者の声を聞いた私は、もうすっかり萎え燃え尽きてしまった。
「ライトノベルはもう流行らない……」
こうして私はまた一つの作品をエタらせた。