第五話
「結論としては、今日一日で討伐、採取、護衛の昇級試験依頼をこなすことになったと」
「一石三鳥ね! って・・・・・・流石に嫌な顔しすぎじゃない? 三種類の依頼を達成しないといけない昇級試験を、一挙に出来ちゃうんだから超ラッキーじゃない!」
「君ねぇ……まぁ、もういいや」
これぞ満面の笑みと言った様子で、満足気な様子の灯莉を見て、佐武朗丸は毒気を抜かれてしまった。
つまるところ、佐武朗丸はその笑顔に弱いのである。
一服から戻った佐武朗丸は、結局どうすることも出来ないと堪忍して、灯莉のお願いクエストを受けれ、ギルドをあとにした。
ギルドから駅へと向かう途中、
「それで、依頼主さんよ。このまま生息域に直行する準備は、ちゃんとしてきたんだろうな」
「えぇ、もちろん! 極薄は、いつも濡れてる谷間に好んで生息しているものね! ニチャァ」
「……あのさ、灯莉は家でどんな教育を受けてきたんだ? 口でニチャァとか言っちゃうような女子大生の貴族令嬢とか、想像を絶するんだが」
「佐武朗丸は遅れているのよ。今どき、これくらいは朝飯前よ?」
「いちいち言うことが、オッサンくさいのは冒険者ギルドに通いすぎだからだな。俺から、師匠づてに君の父君に報告しておこう」
「ちょっ!? 待てよ!?」
「……本当は、一世紀ほど過去から来た人間なんじゃないか?」
ギルドの最寄り駅に着いた後も、灯莉の上機嫌なお喋りをBGMに、二人はバス停のベンチでゆったりとした時間を過ごしていたが、目的のバスに乗り込んだ後は、依頼に関する話を始めていた。
「六杜部村までは、バスで行くのでいいとして、そこから先は歩き?」
「そうなるな。村役場で、熊避けの鈴を借りてからだけどな」
「熊避けの鈴? 魔物避けの鈴は、私制作自慢の物があるんですけど?」
「そんな睨むなよ。灯莉の魔物避けの魔導具は、もちろん使えば良いし、助かるさ。それに、ちゃんとその性能も知っている。ただ、それは野生の単なる熊には効かんだろう?」
魔物避けの魔導具は、灯莉が大学の研究室に入り浸るようになった際に、早速制作した物だった為、それを蔑ろにされるかと思った灯莉は、思わず佐武朗丸を半眼で睨んだのだが、それは早合点だったようだ。
「野生動物と魔物は、生物の成り立ちから全く違うものだもの。ただの熊に効くわけないじゃない。だけれど、熊ぐらい出会ったところでって感じでしょ?」
「俺は冒険者であって、狩人ではないからな」
「……そうね。森の熊さんに出会っても、拾ってもらうようなイヤリングつけてないもんね!」
「酒場のオッサンでも言わないぞ、そんなこと……」
呆れる佐武朗丸を他所に、灯莉は窓の外を流れる景色を眺め始め、会話はそこで終わった。
街中の魔物を、文字通りに駆逐する佐武朗丸の姿は、冒険者というよりも狩人と呼ぶに相応しい。普段の佐武朗丸の姿を思い浮かべてそう思う灯莉だが、それを口にすることはなかった。
高速バスから見える高速道路の壁面には、一定の間隔で魔物避けの魔導具が設置されている。その為に下級と分類される魔物は、近づいてくることは殆どない。
中級以上に関しては、効果が薄いものの高速バス自体に、障壁を発動する魔導具が常時起動している為、例え中級以上の魔物が現れたとしても、退避行動が可能な防御力と機動力が備わっている。
これら魔導具の進歩は、そのまま人の文明が急速に発達した大きな要因となった。そしてその魔導具自体に魅了された少女が、灯莉であった。
佐武朗丸の依頼に無理矢理同行している状況だが、自身の新作魔導具を試したくてうずうずしている。
このように、佐武朗丸は灯莉の様子に関して理解していた。
そのように佐武朗丸は考えているのだろうなと思っている灯莉は、深くため息を吐くのだった。
一時間ほどバスが走ったところで、高速を降りたバスは、予定通りの時間に六杜部村に着くと、そのまま村役場へと向かい、簡単な申請書を書くと、職員が奥から鈴を持ってカウンターに戻った。
「あんちゃん、冒険者だっつうのに熊避け鈴を使うのけ?」
「鈴一つで熊に会わんで良いなら、そっちの方が楽だろ」
「そらまぁ、そうやちゃね」
職員の中年男性は、苦笑していたが、それ以上の会話は続くことはなく、佐武朗丸と灯莉は役場をあとにして、そのまま歩いて山に向かった。
「何であのおじさん、笑ってたのよ。しかも、ちょっと馬鹿にしてる感じしたのだけれど」
現代における冒険者は、医者や弁護士といった職業と並ぶ立ち位置となっている為、大半の場合は、冒険者証明書を見せると、一目置かれる。しかし、先ほどの職員の反応は、その反対であった為に灯莉はイラつきながらも、本人的にはいたって冷静に問いかけた。
灯莉が明らかに機嫌が悪くなっていることを察していた佐武朗丸だったが、それをつつくと面倒そうだと感じたため、そのことには触れずに先ほどの職員の反応について説明するのだった。
「冒険者が、魔物でもないただの熊にビビって、鈴を借りに来たと思ったから、馬鹿にして笑ったんだろう」
「でしょうねぇえええ! 腹たつぅううう! きぃいいい!!!」
「わかってるなら、聞くなよ」
冒険者ライセンスを取得することが出来るほどの人物であれば、野生の熊と遭遇したところで殺すことなど容易い。それは、世界の常識と言えた。にもかかわらず、一般人でしか使わないような熊避けの鈴を、わざわざ役場に来てまで借りる冒険者など、自分の力量が熊以下であると言っているようなものなのである。
村役場の職員としての態度としては腹立たしいとは思いながらも、世間一般からの反応とすれば、そんなものだろうと佐武朗丸は、先ほどの職員の反応に対して、灯莉のようになることはなかった。
ただ一つ、灯莉が本気で自分の名誉のために怒っていることは、少し嬉しくは思うのであった。
二人はと言うより、灯莉が怒り収まらず騒ぎ立てながらも、山道を一時間程歩いていると、見るからに厳つい門が現れた。
「さっきの鈴は、そこのボックスに置いておけ」
佐武朗丸が指差した先には、買い物カゴのようなものが無造作に置いてあった。
「こんなところに、置いてっちゃっていいの?」
「そんなもの誰も盗ったりしない。それに、ここからはそれは役に立たないばかりか、下手に音をだされると魔物が寄ってくる。ここからは、灯莉の魔導具に頼ることになるからな」
佐武朗丸のその言葉に、一気に灯莉の表情が満面の笑みに変わった。そのまま笑顔のままで、二人して中級以上の魔物が生息する領域へと進むために門をくぐり、門を再び閉めると同時に、灯莉は背負っていたリュックから、魔導具を勢いよく取り出した。
「さぁ! 私の情熱が形となりし魔導具よ! 我らに力を与えたまえぇええ!!! 役立たずとなったただの鈴に変わって、その力を存分にしめせぇええええ!!!」
「おい! 魔物が寄ってくるほどでかい声で叫びながら、魔物避けの魔導具作動させるって阿呆すぎないか!?」
阿呆と天才は、紙一重とは誰かが言ったものである。
「あ……ごめん。ほんと、ごめん。 でも、ほら。声に気付いたとしても、中級までは魔導具の効果で寄ってこないからさ!」
「上級は、構わず寄ってくるってことだろ?」
「……まぁ、そうなるかな? でもでも、上級の魔物なんて、滅多にそのへんにいな……いよね?」
木々が無理矢理に倒されているような音が、二人に近づいてくる。
「それは街の周辺には、滅多に出ないという事なだけだ。それで……ここはどこだった?」
次第に何かが歩いているかのような、大きな足音が聞こえ、その度に地面が揺れているようだった。
「ほんとうに……ごめんなさい。きゃ!?」
「この咆哮は……」
そして、獲物を見つけた魔物は、これは自分の獲物であると示すかの様に、天に吼えたのだった。
「勘弁してくれよ、全く」
佐武朗丸の呟きだけは、いつものそれだった。