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第四話

「……灯莉(とうり)、依頼主の君が何故ここ(ギルド)に居るんだ?」


「だって、極薄コンドイム(ヌレシラズスライム)の外皮を採集する冒険者を観察する私を護衛する依頼(クエスト)も指名依頼(クエスト)で受けているじゃない」


「貴族の令嬢が、ネット掲示板でしか見ないような酷い通称を口にするなよ……それに、俺が受けたのは、ヌレシラズスライムの討伐依頼だけ……まさか」


 佐武朗丸は、渋面を作りながら折りたたみ携帯を開くと、ギルドのホームページへとアクセスし、マイページを開いた。


「ん? 追加依頼は届いていないようだが」


 冒険者はギルドから依頼を受けた際には、ギルドのサイトから自身のマイページにログインすることで、新しい依頼を確認することができる。当然、佐武朗丸も依頼内容については確認しており、その際もそして今も追加の依頼は通知されていない。


 怪訝な顔をしながら、受付カウンターの医水(いみず) ヒバリに説明を求めると、これ以上ない苦虫を噛み潰した表情をしながら、彼女は口を開いた。


「コネによるゴリ押し依頼です」


「……全く包み隠さないのは、医水(いみず)さんの美徳だと思うけども、コネを使った張本人()が目の前にいる状況で、それはギルド職員としてはどうなのよ?」


お前(灯莉)も、俺がいる前で堂々とコネ使ってゴリ押ししたことを自白してんじゃねぇよ……」


 ギルドの受付カウンターの前で、三者三様の表情を見せる三人だった。


「のちほど斗波様のマイページに、今回の採取及び護衛依頼も追記されます」


「……まぁいいや。その追加依頼の方だが、指定日はあるのか?」


「非常に残念ながら、今日を指定しております」


「全くもって非常に面倒だな、クソが」


「だから、さっきから依頼主を前にして悪態つき過ぎじゃない? 貴方達」


 有力貴族による急な指名依頼は、実はそこまで珍しい訳でもない。ただ灯莉(とうり)はこれまで佐武朗丸に対して、実家の力を使ってでも依頼を受けさせるということはしてこなかった。


 そもそも佐武朗丸は、ほぼ常に大なり小なりの魔物を見つけては狩っている為、その日に急に指名依頼を受けてもらうことは出来なかった。佐武朗丸の相棒兼パトロンを自称する灯莉(とうり)が、当日の依頼を佐武朗丸が断ることを知らない筈がなかった。


 ただ、それでも親の力まで使って佐武朗丸に今回の依頼を受けさせたかったのは、初めての昇給試験を自分の依頼で達成して欲しいという我儘だった。


 結果として、この依頼を昇給試験の依頼とするように実家の力を使いギルドに〝お願い〟をしたことで、灯莉(とうり)は、父親に大きな借りを作った訳だが、それでも佐武朗丸の〝初めて〟に自分が関わることは、彼女にとって重要だったのだ。


 ギルド側としても、Dランクへの昇級試験としては申し分ない依頼難易度であり、佐武朗丸の担当であるヒバリとしても難易度が上昇する梅雨の時期になる前に依頼を選定したかった思惑と重なり、灯莉(とうり)の依頼を承諾するという判断を下した。


 しかし、自分が推している冒険者を、自分以外もあからさまに推している上に、さらに自分では出来ない推し方をされると悔しさと怒りが隠しきれずに、顔面にそれが現れてしまっている。


 佐武朗丸にいたっては、単純に急な予定変更にイラついているということだが。


「はぁ……お嬢様のおねだりを引き受けるのも、冒険者の仕事のうちってか」


 面倒そうに頭を掻きながら、佐武朗丸はギルドの出入り口に向かって歩き出す。


「今から出発するの?」


「煙吐いてきたらな。灯莉(とうり)は、ここで待ってろ」


「……わかったわ」


 灯莉(とうり)に振り向くことなく、そのまま佐武朗丸は建屋の外にある喫煙所へと向かったのだった。


灯莉(とうり)様、今回の〝お願い〟は流石に度が過ぎているのではないでしょうか」


 佐武朗丸が出口から完全に出たのを見届けるやいなや、ヒバリは遠慮することなく鋭い眼光を灯莉(とうり)に向けていた。


「その〝お願い〟を聞くか聞かないかはギルド側の了見であって、そっくりそのままお返しする事が出来ますよ?」


 空いているはずのヒバリの受付カウンターに誰も来ないのは、二人の間の凍りつくような空気が、そうさせるのだろう。


「現代冒険者にとって生命線ともいえる魔導具の開発と、そして制作を牛耳る南兎(なんと)財閥の当主様直々の〝お願い〟とあっては、このような地方ギルドが〝お断り〟するなんてことは、難しいのではないでしょうか」


 実際には有力貴族であってもギルドに対し、圧力をかけることは出来ない。ギルドは国から独立している組織であり、国同士の戦争にも冒険者を徴兵されることはない。それは古代からの決め事であり、不文律となっている。


 だからこそ冒険者になれば、徴兵から免れるとして大量にギルドに登録されても国としては困る為、厳格な資格制度をギルドと共同で運用している。


 資格試験の難易度を上げるほどに、それを突破する人物は優秀であるということになり、国としては損失と言えるが、自国の国籍を持つAランク以上の冒険者に対しては、国からの国指定依頼を原則拒否することが出来ない取り決めを、国とギルドは取り交わしている。


 国ですら強く干渉できないギルドに対し、南兎財閥といえど無理を通すのは無理な話だったが、しかしギルドも杓子定規に全てを突っぱねる訳ではない。


「そんなことはないって、ヒバリさんなら十分知っているじゃない。ギルドへの〝お願い〟は、お互いに(・・・・)メリットがなければ聞いてもらえないのでしょう? ということは、ヒバリさんが私の提案に自ら乗らない限り、彼の昇級試験としてこの依頼(クエスト)を採用しなかった筈だわ。私だけを責めるように言うのは、フェアじゃないのではないかしら」


「確かに、タイミングと難易度が、斗波様の昇級試験用の依頼としては申し分ないものです」


「だったら、なんでネチネチ文句を言われなくちゃならないのかしら」


「公私混同にイラついているだけです」


「貴方も、大概公私混同しているような気がするのだけれどね」


 結局、佐武朗丸が一服から帰ってくるまで、互いに引く事なく火花を散らせるものだから、フロア業務が著しく滞ったのは言うまでもなかった。


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