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第三話

「昇級試験……の推薦か」


 自室アパートのベランダで、朝日を見ながら煙草をふかす佐武朗丸の目には、今日も酷い隈が出来ていた。


 この三階建てのアパートには、佐武朗丸しか住んでいない。正確には、六部屋ある全てが佐武朗丸のものであり、それはアパートの所有者が佐武朗丸だからである。


 師匠から独り立ちする際に、依頼報酬で師匠が過去に受け取ったアパートを、餞別にと譲り受けたものだった。曰くつき物件を半ば押し付けれらたのだが、住居兼事務所としても使用しており、水道電気も通した状態だったため、そのまま住むことにしたのだった。


 とくに住むところにこだわりがある訳ではない佐武朗丸だったが、このアパートの三階のベランダからは、日の出が綺麗に見えることが引っ越してきた初日に分かり、それだけは非常に気に入っていた。


 何故なら、佐武朗丸は日の出の時間には常に起きているからだった。


 佐武朗丸は、不眠症という訳ではない。ちゃんと寝入ることはできる。ただ、異常に眠りが浅いだけである。


 制御できない自身の能力の一つである【魔物感知】が、彼の眠りを浅くさせている。後天的に取得してしまった力は、彼の意思に反して常時発現状態となった。さらには、その能力の有効範囲が異常な程に広かった。


 一つの都市を網羅する程の広さで魔物の気配を常時察知してしまうため、警備兵よりも先に市内に侵入する魔物を感知してしまう。


 もし感知した魔物の種類や強さがわかるのであれば、ここまで術者本人を苦しめるものではなかっただろう。しかし、佐武朗丸の力はそうではなかった。


 魔物の種類、大きさ、強さなど一切関係なく、魔物は全て等しく感知してしまう。その為、実際に反応のあった場所まで赴き、目視で確認しない限り、人にか害なす程の魔物なのか、それとも人畜無害な弱い魔物なのか判別することが出来ない。


 そして彼は、過去の体験から魔物に対して、異常なほどに警戒心を持っている。結果として、日中はもとより夜行性の魔物に対しても、駆除行動を起こしてしまう。


 唯一の休息時間が、夜から朝へと変わる日の出の時間なのである。何故か、魔物は日の出の時間は活動を休止する。その理由は、研究者の中でも長年の研究課題となっているが、いまだ明確に説明された説はなかった。


 だからこそ、この瞬間を邪魔されるのは、彼は嫌うのだ。


 早く電話に出ろと言いたげな着信音は、マナーモードにして少し放っておいたところで、鳴り止まないのを佐武朗丸は知っている。何故なら、着信相手の名前が、手に持つガラケーの画面にしっかりと映し出されていたからだ。


「……とらないと、家まで来る流れだよな、コレ……」


 そんなことを呟きながらも、すぐに佐武朗丸が電話をとることはなかった。何故なら、吸いかけの煙草を捨てるなんて事は、彼に出来るはずなかったのだった。


 ベランダから部屋に入る引き戸を開け、着信バイブが止まない携帯を適当にソファーに投げると、再び朝日を眺めながら大きく紫煙を朝日に向かって吐き出すのだった。




「なんで電話に出ないのよ!」


 佐武朗丸の予想通りに、灯莉(とうり)が自室へと飛び込んできたので、コーヒーを飲んでいた佐武朗丸は、少し呆れたが、そんな表情は見慣れたものであるため、灯莉(とうり)はそれを無視して話を進める。


「ギルドのホームページに、今月の昇給試験有資格者の名前が載っていたのだけれど、やっと貴方の名前が載っていたのよ! なんでそんなに落ち着いているのよ!?」


「資格を得た時点で、ギルドから俺には直接連絡が来てるんだから、別に今日昨日知った訳じゃないからな」


「は……? はぁあああぁあああ!?」


 器用に魔力で長い髪を逆立て、分かりやすく怒りを表現する灯莉(とうり)をみて、なんとも無駄な魔力の使い方をするものだと、佐武朗丸は更に呆れ顔になるのだった。ただし、そんな佐武朗丸の反応も灯莉(とうり)にとっては慣れたもので、とりあえず心に溜まった怒りを相手の反応はお構いなしに吐き出し続けると、口調がやっと普段通りとなった。


「昇給試験の内容は、対象者には知らされているの?」


「あぁ。討伐と採取、あとは護衛をギルドからの指名依頼として成功させれば、Dランクに昇給ということだ」


「時期は?」


「未定だとよ。ただ、Dランクへの昇給試験は梅雨入りする前には指名依頼を出す予定とは、ヒバリさんから直接聞いた」


「事務方から直接聞いたって事は、正しい情報ね。こっちに来る途中に、ネットで調べたけど、Dランクの試験内容なんて、時期も含めてもうネタ化されちゃってて、参考にもならなかったわ」


「貴族のご令嬢が、ネット掲示板を読み漁ることを趣味にするのは、どうだかなぁ。実家に帰った時に、ネットスラングに染まってても知らんからな」


「私の貴族令嬢としてのキャリアを、貴方は甘く見過ぎね。必要な場所では、身体に染みついた所作というものは、常時発動型スキルのように自動的に発揮されるものです」


 灯莉(とうり)は、そう言い放ちながら、優雅に一礼して見せた。


「……顔が、これでもかという程にドヤ顔なのだが、それはどうなんだ?」


 灯莉(とうり)の振る舞う所作自体は、確かに非の打ち所がない優雅さであるものの、佐武朗丸に対して見せるドヤ顔が、彼の顔を更に深い呆れ顔にさせたのだった。


「そんなことは、どうでもよいのよ。梅雨前に試験の為の依頼が来そうって話だけれど、梅雨が早まったら、間違いなく雨具は必要よね!」


「雨具? 水属性への耐性武具とかでなければ、特にいらんが? 雨に濡れる程度であれば、行動に問題はないからな」


「ただの雨具で、採取系クエストとかしていたとしても、傘だと片手が塞がるし、かといってただの雨合羽だと、蒸れるとかして、結局自分の汗で濡れちゃったとかあるじゃない」


「いや、だから別に濡れるだけなら、問題ないんだって」


「だからこそ、私は考えたのよ。雨合羽のように体全体を覆いながらも、蒸れないようにするのには、どうしたら良いか……どうしたら良いか。どうしたら良いか!」


「俺を無視して喋りまくってるくせに、俺を巻き込むな」


 面倒と言わんばかりに、コーヒーを飲みながらテレビのチャンネルにかけようとした佐武朗丸の手は、空を切った。


「……なんだよ」


 何故なら、灯莉(とうり)がテレビチャンネルを掠め取ったからだった。その上、佐武朗丸を睨みつけて、何かを伝えようとしている。


「……はぁ……それで? どうしたら良いんだよ?」


「よくぞ聞いてくれたわ! それはヌレシラズスライム、通称〝極薄コンドライム〟を素材にした全身透明タイツを創るのよ!」


「……却下」


「なんでよ!?」


 結局、後日に灯莉(とうり)が実家の金に物を言わせて佐武朗丸に対する指名依頼をギルドに提出し受理された。そしてそれが、Dランクの昇級試験の採取依頼(クエスト)となるオチがついたのだった。


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