夢シール
朝、目が覚めたとき、こゆめちゃんの枕元にシールが落ちていました。キラキラと光っていて、触るとすこし温かい不思議なシールでした。お父さんに聞いてみると、お父さんは知らないと言っていました。
学校で友達や先生に聞いてみても、みんな知らないと言っていました。こゆめちゃんも、自分で買った覚えも、誰かからもらった覚えもありません。ますます不思議なそのシールを、こゆめちゃんは捨てられず、自分の机の上に置いておき、その日は眠りました。
真っ白な世界の中、こゆめちゃんの目の前には、あの不思議なシールを持った誰かがいました。布団をかぶっていて、顔が分かりません。こゆめちゃんは挨拶をしてみました。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
布団をかぶったその人は挨拶を返してくれました。こゆめちゃんは続けて話しかけました。
「そのシールはあなたがくれたものなの?」
布団をかぶったその人は、その質問には答えず、シールを指差しながら喋り出しました。
「これは『夢シール』。」
「『夢シール』?」
「そう、貼ったものが夢の中に出てくる。」
「夢の中に?」
「ミニカーだって、テレビだって、ケーキ屋さんだって、ジャングルジムだって、なんだって出てくる。」
布団をかぶったその人は、その場でくるくる回りながら、シールのことを話してくれました。
「ねぇ、あなたは誰?私の知ってる人?」
ここでハッと気がつきました。こゆめちゃんは布団の上で横になっていました。時計の針は朝の6時を指しています。夢を見ていたようです。机の上に夢シールがキラキラと光っていました。
夢シールは全部で5枚ありました。こゆめちゃんは自分で考えてみて、大好きなねこのぬいぐるみと、大好きななわとびにペタッと貼ってみました。キラキラと光るだけで、何も起こりません。こゆめちゃんはその後、いつも通りに過ごし、少しわくわくして眠りにつきました。
真っ白な世界の中に、こゆめちゃんは立っていました。布団をかぶったあの人はいませんでした。でも、こゆめちゃんの横にぬいぐるみがありました。灰色の毛がふわふわで、耳がやわらかくて、靴下を履いている、こゆめちゃんが大好きなねこのぬいぐるみです。靴下には夢シールが貼られています。
「すごい、あの人の言ってたことは本当なんだ!」
ぬいぐるみの横にはなわとびがありました。こゆめちゃんが大好きななわとびです。持つところには夢シールが貼られています。
「よーし!」
こゆめちゃんはなわとびを手にして、たくさん跳びました。不思議なことに体が全然疲れません。いくらでも跳べてしまいます。一人でしばらく飛び続けたこゆめちゃんは、なんだか寂しくなりました。大好きなねこのぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめて、ごろんと寝転びました。
「楽しいけど……一人だとつまらないな……」
こゆめちゃんはゆっくりと目をつむりました。
時計の針がカチッと鳴った音で目が覚めました。こゆめちゃんは布団の上で横になっていました。夢を見ていたようです。
夢シールはあと3枚です。次は何に貼ってみようかな。こゆめちゃんは自分で考えて、大好きなブランコと、大好きなおままごとセットに貼ってみました。キラキラと光るだけで、何も起こりません。こゆめちゃんはその後、いつも通りに過ごし、眠りにつきました。
真っ白な世界の中に、こゆめちゃんは立っていました。布団をかぶったあの人はいませんでした。でも、こゆめちゃんの目の前には大好きなブランコとおままごとセットがありました。自分一人でこげるようになったブランコを、さっそく大きくこいでみます。風がブワッと広がって、とっても楽しくなりました。でも見える景色は真っ白で変わらず、だんだんと勢いがなくなっていきました。おままごとセットも遊んでみますが、なんだか楽しくありません。フライパンで上手に返せる目玉焼きも、なんでも挟めるハンバーガーも、なんだか楽しくありません。
「ねこのぬいぐるみも、なわとびも、ブランコも、おままごとも、全部いっしょに遊んでくれたなぁ……」
こゆめちゃんはそう呟いて、目をつむりました。
お父さんが階段を降りる音で目が覚めました。こゆめちゃんは布団の上で横になっていました。夢を見ていたようです。
夢シールはあと1枚です。こゆめちゃんは悩みました。確かに、大好きな物が夢に出てくると嬉しいです。遊ぶと楽しいです。体も疲れないので、ずっとずっと遊んでいられます。でもなぜだか寂しくなりました。こゆめちゃんは一人で遊ぶより、誰かといっしょに遊ぶのが好きなのでした。
こゆめちゃんは考えて考えて、決めました。リビングの写真立てにペタッと貼りました。飾られているのはこゆめちゃんのお母さんの写真です。仕事場で机に向かっている、真剣な顔がカッコいいお母さんの写真。毎日仕事が忙しくてお家にはなかなか帰ってきません。こゆめちゃんはお父さんがいるので寂しくないですが、長い間会えないと、寂しい気持ちになります。キラキラと光るだけで何も起こらない写真立てを見つめた後、いつも通りに過ごし、こゆめちゃんは眠りにつきました。
真っ白な世界の中に、こゆめちゃんは立っていました。布団をかぶったあの人はいませんでしたが、遠くに誰かが座っていました。それは、こゆめちゃんのお母さんでした。
「お母さん!」
こゆめちゃんのお母さんはこゆめちゃんの声に気がついて振り向きました。にこっと笑って、
「ごめんね、まだお仕事が終わらないの。」
と言いました。こゆめちゃんは近づこうとした足を止めました。大好きなお母さんに会えたのに、どうしてもどうしても寂しくなったのです。
「お仕事がんばってるお母さんの写真に貼ったから……?」
確かに、仕事中のお母さんはカッコよくて大好きです。でも、今、こゆめちゃんが会いたかったのは、いっしょに遊びたかったのは、お家と家族が大好きな優しいお母さんでした。
夢シールは最後の1枚でした。もう、大好きなものを見せてくれる夢は見られません。こゆめちゃんは、夢から覚めたくないような、覚めて欲しいような、ふくざつな気持ちになりました。
すると、こゆめちゃんのお母さんは言いました。
「もう少し。もう少しだから、待っててね。」
お母さんの温かい言葉に、こゆめちゃんは首を横に振ってから顔を上げました。そして、こう言いました。
「お母さん、会いたい。早く、会いたい。」
ここでハッと気がつきました。こゆめちゃんは布団の上で横になっていました。時計の針は朝の9時を指しています。今日は学校がお休みの日です。
全部で5枚あった夢シールは、もう1枚も残っていません。こゆめちゃんは寂しい気持ちを感じながら、少し遅い朝ご飯を食べに階段を降りていきました。トン、トン、トン、トン、とゆっくり降りていきます。リビングからお父さんの声がします。ガチャ、とドアを開けて─
「お父さん、おはよう。」
「おはよう、こゆめ。」
「こゆめちゃん、おはよう。」
「……えっ?」
こゆめちゃんに朝の挨拶を返してくれたのは、お父さんだけじゃありませんでした。こゆめちゃんはの目の前には、お母さんが座っていたのです。
「お母さん……?どうして……?」
「お母さん、昨日夢を見たの。こゆめちゃんが出てきて、悲しい顔をしてた。寂しい思いをさせてるんだって思ったら、いてもたってもいられなくて。お仕事が全部終わってから帰ろうって思ってたんだけど、どうしても会いたくなっちゃって、帰って来ちゃった。」
「お仕事……」
こゆめちゃんが見た夢の中で、お母さんは仕事と向きあっていました。また、お母さんが見た夢の中で、こゆめちゃんは悲しい顔をしていました。二人とも同じ夢を見ていたのだとしたら。
「だからね、いっしょに遊びましょう。今日は学校もお休みでしょ?」
「うん!ありがとうお母さん!大好き!」
「おいおい、お父さんも混ぜておくれよ。」
「お父さんも大好き!」
「ははは!まずは朝ごはんにしようか!」
「そうだ、私ね、目玉焼き上手になったんだよ!あとなわとびも!」
「あらすごい、いつのまに練習したの?」
「ふふ、夢の中で!」
三人の笑い声が聞こえる家の外で、夢シールを持った誰かがどこかへと歩いて行きました。
会えるでしょうか、またいつかの夢の中で。
おわり
ひらがなの方がいいかなと思ったので表記はひらがなですが、
こゆめちゃんは小夢のつもりで書いていました。
私も夢シールが欲しいです。夢の中で体が疲れないのであれば、喉を枯らさずにずっと歌いたいので、カラオケボックスに貼ろうかな。