表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

誰の意思かも分からず

 リギーを街路樹に移した後、駅前まで戻ってうどん屋に入った。無職だけど金がない訳ではない。仕事はそれなりの貯え作った上で辞めたし、訓練中は失業保険に交通費が上乗せされて何やかんや前の手取りと同じぐらいの金額が毎月振り込まれる。

 だからと言ってそんなに高い物を食べる気にもなれず、ちくわ天のうどんを頼んだ。

 食べ終わって店を出て、少し考える。バスは10分もすれば来る。電車はちょっと待たないといけない。一応、家は電車で一駅なので歩いて帰るのも可能だが、都会の一駅と地方の一駅じゃ訳が違う。スタスタ行けば40分かそこら、ちんたら歩いたら1時間は掛かるだろう。

 この辺だからまだそれぐらいで済むのであって、郊外に出れば一駅間の距離は凄まじい事になる。それを歩くなんて発想はこっちの人間にも無い。

「…………お?」

 ネットカフェの看板が目に飛び込んだ。自然と足が進んで入店し、選んだブースに入ってPCを起動させる。そして携帯に入っている地図の写真を呼び出した。

 某大手検索サイトの地図で山の位置関係を調べる。大雑把な情報しかないが、これに関しては大体分かった。

「ここがあの山だから……この辺とこの辺…………あとこっちか」

 続いて距離を確認する。トカブの山からどれぐらいかを調べた。取りあえず1つ目の山。

「……5キロ、まぁチャリならまだいいか」

 2つ目の山はどうだろうか。

「…………15キロ?」

 3つ目は……

「20キロ……車じゃないと無理だな」

 車。車かぁ。もう10年近く運転してない。1人で行ったら何所かで事故るか田んぼに落ちるのが関の山だ。実家の車を借りてもいいが1人は心許ない。親を連れて行く訳にもいかない。

 と言う事で、誰かを巻き込めないかと考えた結果、唯一シフト勤務の山口アイツに狙いを定めた。

 連絡を入れて見ると明日は都合よく休みらしい。昼を奢るから午前中、もしくは午後2時ぐらいまで付き合ってくれと提案すると了解の返事があった。これで助手席に座る自動監視警報装置を入手出来た。少なくとも事故る確率は減るだろう。

 あえて詳細は話さなかった。事前にあれこれ情報を出してしまうと断られる可能性がある。それだけじゃなく、俺が巻き込まれているこの現象を説明する必要も生まれて来る。ぶっちゃけ面倒なので言いたくない。


 県内の求人を調べたりしてバスが来るまでの時間を調整し退店。帰宅すると、通院のために早退していた親父が居た。ちょうどいいので明日車を貸して欲しいと伝える。何とも素っ頓狂な声で聴き返された。

「殆どペーパーなのに乗るのか?」

「場合によっちゃ乗らないと仕事場に行けない可能性があるもんで」

「あー……そうだな。近い内に中古車見に行くか。今から新車買うと半年は掛かるかもしれんし」

 戻って来た時に車を買うかどうかの話しは少しだけした。中古ならピンキリだが新車だと場合によっては貯金がほぼ消える金額に唖然としたのを覚えている。

 従妹が中古で車を買った結果、何度も不調に見舞われてその度に修理へ出していたら、新車を買うのと変わらない金額になったと何年か前に聞いた事があった。実際、中古か新車か叔父に相談したら「黙って新車にしとけ」と言われた。新車の金額も幅はあるが、安くても150万ぐらいはするのだ。買うとなったら今の所では人生で一番高い買い物だろう。

 金額にビビってしまった俺はその時、考えておくと言ってお茶を濁したのだった。それがこの辺に来て裏目に出始めたらしい。実家の車は保険の内容を変更して俺が運転しても良いようにはなっていたが、長年ペーパーだった事もあり手は付けず仕舞いだ。2~3回でも乗っておけばと少し後悔する。

 押し入れの奥底に追いやってあった教本と教習手帳を発掘。一夜漬けは明日が怖いので日付が変わる手前まで復習に励んだ。取りあえず操作方法は何とかなりそうだが道交法は怪しい。


 翌日の9時頃、先に乗り込んであれこれ確認を済ませる。山口は隣の地区に住んでいて、来るなら歩きか自転車だろう。だから目の前に来るまでこれから何が起こるか分かる可能性は低い。何か北海道で生まれた例の移動番組みたいなドッキリを仕掛けている気分になり、少しだけワクワクして来た。

 しかし、ここで我に返る。今から何をする気なのだろうか。履歴書と職務経歴書を作り直すのが本来するべき事ではないのか。いい年して遊んでいる暇なんて無い筈だ。違うか。

 自問自答を繰り返し始めたその時、家の前を自転車に乗った山口が通り過ぎた。車から降りて玄関の方に向かう。

「おーい、こっちこっち」

「は? どういう事?」

 自転車から降りたばかりの山口は急に後ろから現れた俺に驚いている。有無を言わさずに自転車を奪ってスタンドを立てた。

「まぁいいからいいから」

 困惑する山口を助手席に押し込み、自転車を敷地の中に入れてやった。自分もまた車に乗り込んで自転車の鍵を渡す。

「おー……悪いけど無理心中は勘弁な」

 失礼なやつだ。死ぬなら1人で死ぬわ畜生。

「まだそこまで人生に絶望してねぇよ。約束通りちょっと付き合ってくれ」

「お前、東京で車乗ってたのか?」

「いいや、電車様様の生活してたから10年ぐらいペーパーだ。お前らと車で何所か行く時に俺が1度も運転してない理由が分かったろ? 出来るだけ頑張って運転するから左側とか見ててくれ。あと操作方法のアドバイス頼む」

「降りていいですか」

「ダメです」

 シートベルト着用。ミラーの角度ヨシ。自宅敷地内だから周囲に人は居ない。

「エンジンスタート」

 ブレーキを踏み込んでエンジンスタートボタンを押す。当然だがエンジンが掛かって車が震えた。鍵を差し込んで回す文化しか知らなかったので、何だかそれに感動を覚える。

「おぉ……よし」

 ギアをパーキングからドライブに入れた。ブレーキから足を離すと車が少し進み出す。だが、ここでピーピーと警告音が鳴った。何だこの音は。瞬間的にパニックを起こしそうになって思わず叫ぶ。

「は!? 何だ!?」

「パーキング解除しろ! ブレーキの左!」

 右足でブレーキを踏み込む。車が前方にガクンッと揺れた。ハンドルに顔がぶつかりそうになる。

「うお!」

「……やっぱ降りていいか?」

「いやいや、始まったばかりだ。行くぞ」

 パーキングブレーキを解除。隣のブレーキからも右足を離す。ゆっくりと敷地から道路に出れた。まずトカブの山へ向かわなくてはならない。

「えーと……ここを右折か」

「左はいいぞ」

 こうして山口に助けて貰いながら、無事にトカブの山へ続く道に入れた。暫くは信号もないから走りっ放しでいい。周囲に建物がないと圧迫感が減ってとても楽に感じる。


 この辺で流石に目的地が気になったのか、山口は訊ねて来た。

「所でこれからどちらに行くんでございますか」

「知り合いの山。今から向かう所に居る。他にも山持っててそこの様子を見て来て欲しいって頼まれてさ」

「何だ、年寄りか」

「……まぁそうかも」

「そうかも?」

「年齢聞いてない」

「どんな付き合いしてんだよ。どうやって知り合った」

「まぁまぁ」

 適当に真相をはぐらかしながら走り続けた。次第にトカブの居る山が見え始める。自転車で出入りしていた場所は車だと少し狭いので、手前で停めて降りた。

「悪い、ちょっと待っててくれ。話を聞いてくるから」

「ごゆっくりー」

 山口を車に残して山に入ると、あの穴が見当たらなかった。事前に行くと話もしてないから当然か。どうにかしてトカブに会う方法を考える。

 試しに木へ向かって呼び掛けて見た。

「すんまーせん、ショウタです。少しトカブに会いたいんですが」

 応答はない。しかし、木の根元に例の入り口が姿を現した。マメガはどうやってこれを操作しているのか気になる。だが聞いた所で答えてはくれないだろう。最初の出会いが最悪だったのもあるし。

「お邪魔しまーす」

 ちょっと久しぶりな例の吸い込まれる感覚。自然と足が下を向いてゆっくりと着地した。嫌そうな顔をするマメガを視界に収めてしまう。

「またお前か。今日は何の用だ」

「えーと……トカブに頼まれ事をされてまして、時間が出来たんでもう少し詳しい話しを聞きたいなと」

「分かった分かった、ちょっと待ってろ」

 最初にここへ入ってしまった時、ブンゾーに引き回された方の道へマメガは歩き出した。ふとこれはチャンスかと思ったのでここの写真を何枚か携帯で撮る。

「……暗くてよく分かんねーな」

 内部は肉眼でも十分な明るさだが、携帯で撮った写真の画像はとても暗い。これは何がどうなっているのか。

「こっちに常駐するヤツを寄越してくれ。仕事にならないぞ」

「お前の仕事は門の管理だろう。その気になればここの何所に居たって出来る事だ」

「我々も手が足りていない。難しいだろうな」

 話し声が近付いて来た。携帯はポケットに仕舞って平然を装う。マメガ以外は聞いた事のある声だ。多分、前に会った2人っぽい。

「お待たせしました、ショータ様」

「以前に会談された時の件ですね?」

 彼らは確か前に案内してくれたハナバとリホキだ。兵士みたいだがどういうポジションなのかは分からない。

「ちょっと時間が出来たんで今ならこなせるかなと思いまして」

「分かりました。一旦、王の近くまでお連れします」

「では着いて来て下さい」

 "気に入らない"と言う感情の混じった視線を向けるマメガを尻目に俺は2人に着いて行った。前に来た時とはまた違う道筋を歩く。しかし最後は同じ所に繋がるようで、見覚えのある場所に出た。そこからトカブと会ったあの部屋まではすぐだった。

「こちらでお待ち下さい。王に伝えて参ります」

「王は少々、立て込んでおります。来るまで時間が掛かる可能性があります。ご容赦下さい」

「いや急に来て申し訳ないですそんな」

 しかし、外で山口を待たせている手前、あんまりゆっくりする訳にもいかなかった。15分くらい待って会えないなら日を改めても良いが、そうなると今度は1人で運転しなくてはらない。出来れば今日で済ませたいがしかし……



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ