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内情

 翌日。昨日と同じ時間帯の同じ場所。また木の根元にぽっかりと穴が開いていた。

 結局あの後も3人には信じて貰えなかったので、もし中に入って誰も居なければこっそり携帯で写真を撮る事に決めた。取りあえず今見ているこの光景も撮っておく。

「……何か雑な合成っぽく見えるな」

 明らかに木の画像へ黒くて丸い円を乗せただけに見える。角度を変えて2~3枚撮るが、その感じは拭えなかった。動画にするとそれなりに本物っぽく見えるも穴が無機質過ぎて違和感が凄まじい。

「まぁいいか。どれそろそろ」

 昨日言われた通り、穴の中へ思い切って飛び込んだ。視界が穴の方へ収束していくこの感覚は昨日と変わりない。どういう原理なんだろうか。

 ふと気付くと落ちていくのを感じる。これも昨日と同じだ。そして足が自然と下を向き、ゆっくりと着地する。目の前にはご丁寧に蜂のような兵士が2人。昨日は色が黄色っぽかったが今日は黒い。明らかに別人だった。

「お待ちしておりました、ショータ様」

「王の所へご案内致します。我らに着いて来て下さい」

「あ、こりゃどうも」

 内部の様子を撮影するのは一旦保留だ。今ここで下手な事をすれば、どうなるか分からない。

 2人に付き従って歩くが、昨日とは違う道を歩いている事に気付いた。ブンゾーに腕を引っ張られていた時は基本的に直線の多い道だったが、今日は随分と曲がる回数が多い。それに階段も何度か上った。

「……あの、ここは何所に繋がってるんですか?」

「昨日とは違う場所にお連れします。王との会談もそこでなさって下さい」

 会談。いや、そんな大層なものでもないと思うんだが、彼らの王と2人で会う事が出来る存在として見られているならそういう事になるんだろうか。なんて思っている内に少し広い空間に出た。大きい長めのテーブルと椅子が幾つかある。その1つに、トカブが座っていた。気難しい顔をしながら書き物をしている。

「王様。ショータ様をお連れしました」

「……ああ、済まない」

 こちらを視界に捉えたトカブは手元を片付け始める。兵士に促されたので近付いた。

「えーと、座っても?」

「もちろんだ。ハナバ、リホキ、暫く誰も近付かせないでくれ」

「承知しました」

「お任せを」

 どういう名前の意味があるんだろうか。なんて考えていると、2人だけにされてしまった。何の話が始まるのやら……

「来てくれてありがとう。実は、ちょっと込み入った件なんだ。順を追って話そう」

 曰く、俺が小学校ぐらいの頃から、この辺で小さな異変が起きているそうだ。土に住んでいる虫たちの家が潰れたり、道が塞がったりする現象が増加。地表に変化はないが、地面の深い所で空間が出来たりしている所もある。当時の王。トカブの父親は、近い内に自分たちが住んでいる山だけでなく、周辺一帯で何か恐ろしい事が起こる可能性を示唆。コロニーの分散化を図り、離れた複数の土地に移住する計画を作ったそうだ。こうして一定数の虫たちが移住を開始する。

 計画開始から3年ばかりが経過。そろそろ移住先も環境が整った頃合いと判断した王は、トカブに視察を命じた。その移動途中、大きな乗り物にぶつかってしまい、地面で昏倒してしまう。そこに俺と他の3人が通り掛かった。

「……じゃあ、逃げ出したと言うよりは」

「その件は本当に感謝している。あのままでは、私の命は亡かった事だろう。何も報いる事が出来ずに飛び出してしまったのは申し訳なかった」

 居心地の良い日々だったが、自分が負っている任務を果たさなければならない。チャンスを伺っていると蓋が中途半端になっているのを発見。押し上げると外に出れた上、窓も開いていた。そのまま飛び立ち、視察する予定だったコロニーに向かったのだそうだ。

「移住先は4つほどあった。しかし、その中で無事に過ごせていたのは1つだけだった。また他の所に民たちを移住させながら様子を見ていたが、あまり芳しい結果にはならなかった。最終的には10か所近くに環境作りをして見たが、移住可能な場所は3つだけと判明。ここ数年の間に少しずつ民へ移住を促している。今ここ残っているのは、全体の半分程度まで減った」

「…………トカブはどうするんだ」

「私は最後まで残る。誰一人置き去りには出来ない。父が死んでから、その役割を受け継いだ。所がここで、問題が起きた」

 トカブは少しだけ周囲を見渡す。誰も居ないのを確認しているようだ。

「……どうした」

「…………実は、ブンゾーの事なんだ」

「ブンゾー?」

「ああ。ブンゾーは元々、父の側近だった。父の死後は私の教育係や相談役として色々と世話をしてくれていたんだが、ここ最近になって怪しい動きを見せるようになった」

 確実に聞いてはいけない話をされている。どう反応したらいいのだろうか。いや、何も反応すべきではないかもしれない。

「移住予定の民たちの元へ訪れて、何か説得している所を見掛けた者が居る。現にその民たちはまだ移住せず、ここに留まっている。移住担当の者が訪れると、気が変わったと言って動こうとしないそうだ」

「……ブンゾーはここを離れたくない、それか移住に反対しているのか?」

「古い話だが、父が移住を提言した時、ブンゾーは1人だけ頑なに拒否したと聞く。他の臣下たち全員が賛成するので仕方なく同調したらしい」

 何となくだが話が見えて来た。父の代から居る側近。息子の立場としては無下に出来ないし、かと言って強く出るのも気が引ける。それがなまじ影響力を持っていると危険な事態になりそうだ。

「ブンゾーも年だ。それを理由に引退を促し、中枢に影響を及ぼさないようにした」

 だから玉座に居た蜂の兵士たちが"あなたと言えど"なんて発言した訳か。一旦その関係を解消した以上、もうブンゾーはトカブが言う所の"民"だ。つまり一般人だ。そりゃ簡単に近付ける方がおかしい。

「マメガの家は代々、門の管理を司っている。大昔は持ち回りで、ブンゾーの家もそれに関わっていた。だからマメガの上司として配置し、こちらにあまり関わらせないようにしたが、それが仇となった。隙を見つけては移住予定の民たちに近付き、残るように説得して回っている。お陰で今、移住の計画は殆ど足踏み状態だ。ブンゾーに先んじて移住予定の民たちを保護し、こっそりと送り出すのに明け暮れている」

 移住させるのと残させるので早い者勝ちをしている。何と嫌ないたちごっこだろうか。

「……その事をブンゾーとは」

「何も話していない。いや、私自身、まだ信じられない。あの優しく大らかなブンゾーが、そんな事をしているなんて」

 小さい頃から接しているだけあって複雑な心境だろう。まぁ俺だって、もしも叔父叔母なんかが殺人を犯したなんて言われても信じたくはない。


 ちょっとだけ沈黙が訪れる。ってか、この事を俺に話して何になるのか。お家騒動に首なんて突っ込みたくない。ましてやその当事者は、普段足元で這い回ってる虫たちだ。人間には関係ない。

「……申し訳ない。無関係のショータに言うような事ではなかった」

「んー、正直どう反応していいか」

「そうだろう。だがもし良ければ、少しだけ協力してくれないだろうか」

「…………具体的には」

「移住先の状態を見て来て欲しい。ブンゾーは移住先で生活が出来るか、不安なんだと思う。納得させるだけの何かがあれば、民たちを説得するような事も止めてくれる筈だ」

 それに関してはどうも言えない。俺は経験した事ないが、再開発なんかで立ち退きをするとなった時、元々そこに住んでいた人々の中で残りたいと思う人は一定数居るだろう。

 いや、問題はそんな事ではない。俺はこの件にどれだけ関わればいいのだろう。既にかなり深い場所に来てしまっているのは感じる。仮にトカブたちを無視した場合、自分の生活に何か影響があるのだろうか。今自分が最も憂慮すべきは再就職だ。こんなよく分からない事に巻き込まれている余裕はない。

「……それはいつやれば」

「出来るだけ早く頼みたい。ショータは最近、地が小刻みに揺れるのを感じないか? 我々が敏感すぎる事も考えられるが、大きな異変が起きるまで残された時間は少ないと思っている」

 地が揺れる? そりゃあ何かしらの要因で常に地は揺れていると思うがどうだろう。そういう事ではないのか。

「悪いけど俺は何も。出来るだけ早くと言うと」

「可能なら、明日行って来て貰いたい。地図はある」

「明日かぁ……ちょっと明日は」

 明日は予定があるのだ。ハローワークの支所にある職業訓練生相談窓口で履歴書と職務経歴書を見て貰う。まだ決めている会社はないが、休み明けのスタートダッシュを切るためには必要な事だ。訓練開始から3ヶ月が経過すると県内にあるほぼ全ての企業へ紹介状が送られる。その中から見学の案内なんかが来ると、企業側としてはある程度目ぼしい人材として見られるのだそうだ。

 まぁ中には、志望してない業界や何でか県外からの案内が来る人も居るらしい。酷いと経験者のみ募集のくせに経験者じゃない訓練生に案内を出し、それでも見学に行くと適当に敷地を案内されて終わる事もあるとかないとか。

 ともかく、再就職のために必要な事だ。申し受ないが優先度的にはトカブたちの事よりも遥かに高い。

「そうか。いや、済まない。私が行ければいいのだが、今ここの人手はギリギリだ。こちらの事情を押し付けるような事を言って申し訳ない」

 明らかに意気消沈、とまではいかないものの、表情は暗い。王は孤独だと何かで聞いた気がするが、本当にそうらしい。

「……因みに地図を見てもいいかな」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 トカブが纏めていた紙の中から、1枚の少し古びた地図が出て来た。当然だが何かしらの施設名や道路の何号線なんて書かれている訳もなく、かなり大雑把な情報しかない。

「こっちが北になる。1つ目はここ。それで2つ目がここ、3つ目はこっちだ」

「なるほど……」

 携帯を取り出して地図を写真に撮った。しっかりデータとして存在する事を確認。体良くここに来た証拠を入手した。これなら連中も信じるだろう。

「それは確か、電話の一種だな。昔、道に捨てられているのを見た事がある。最近は箱に覆われたのも減って久しいな。ああいう所でよく遊んだものだ」

 電話ボックスの事か。昨今だと非常時以外では使う事もないだろう。最近の子供は使い方も知らないらしいが。

「どうなるか分からないけど、時間があれば行ってみる。だけどあまり期待はしないで欲しい」

「有難い。いや、無理はしなくていい。我々にショータの生活を邪魔する権利はない」

 今日はこの辺で解散。都合が良ければまた来ると言い残し、俺は自分の世界に戻った。

「……1時間半ちょいね」

 中に入ってそれぐらいが経った。山を下りて自転車に跨り、家を目指す。

「…………本当に行くのか?」

 自分の行動に疑問を持ち始めた。この画像データをどうする。連中に見せつけて証拠だと言い張るのか? それだけの説得力があるとは思えない。しかし、消す気にもなれなかった。それは何故か?

 心の何所かで、3つの移住先を見に行く気になっている自分が居る。考えなくていい。優先すべきは何だ。

「……まず帰るべし」

 力強くペダルをこいで風を感じる。そうする事で、無自覚にさっきの出来事を払拭させようとした。

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