霧のなか
久しぶりの家族旅行。はじめての道を、ワゴン車でゆっくり進む。峠の中腹あたりで、とつぜん、霧が濃くなった。道どころか、ハンドルさえ見えない。ふしぎに湿った感じはせず、ただ、音も視界も、完全にふさがれていた。
あまりのことに反応が遅れて、一瞬後、ふわりと浮いた感触。
しまった、と青ざめた次の瞬間、霧はすっかり消えていた。車は峠道のまんなかに停車しており、右足はしっかりとブレーキを踏んでいた。
脂汗。とにかく、深呼吸。それから、気づく。
助手席にいた妻が、消えていた。
後部座席をみる。小学生の息子は不安そうにこちらを見ている。ドアがあいた様子はない。霧に包まれていたのは、ほんの一瞬のことだ。
妻は、どこからも出てこなかった。警察にもずいぶん事情を聞かれたが、どうしようもなかった。
それから、二年。
おれたちは必死でがんばったが、どうしても、妻のいない生活に折り合いをつけることはできなかった。
息子と話し合い、ふたりで、もう一度あの峠に行った。
夕暮れの道をゆっくりと進む。やがて、霧がわいてくる。車内に白いものが満ちて、ほんの一瞬、浮いた感覚……、
次の瞬間、おれたちは顔を見合わせた。霧はすっかり晴れている。車は、もとの峠道。
ああ、おれたちはどこへも行けないのだ。
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