第97節 トラノヲ(三)
「な……」
宮殿の秘奥とやらを見せられたムジナは言葉を失っていた。
「どうだ? 驚いたであろう?」
と、なぜか得意気なトラノヲ。
「なんだこれは?」
「なんだ貴様、鏡を知らんのか?」
ムジナの問いにトラノヲは答えた。
目の前にあるそれは確かに貴重な鏡だった。それも大人一人分を丸々映し出せるほどに大きな鏡。
「……」
ムジナはその鏡を良く観察してみる。
それは縦に長い楕円形の鏡。
勿論ムジナのクニににも鏡ぐらいあるが、それはほんの小さな銅鏡が数枚だけで、これほどの物は見たことがなかった。
しかしこの鏡。残念なことに装飾らしい装飾はほとんどない。
蔵にしまい込んであるのも、貴重だからと言うよりは、単に用途がないからしまってあると言った感じで、この死者のクニの秘奥と言われるとさすがに見劣りするような気がした。
「どうだ? 驚いて声も出まい? 言っておくが、そこに映っておるのは貴様自身の影。いい機会だからよく見ておくといい」
トラノヲは上機嫌だった。
ムジナがほとんど喋らないのは、驚きすぎて声が出ないからだと解釈しているらしかった。
しかしムジナは、そんなトラノヲの気持ちなど微塵も考えることなく告げる。
「そんなことはどうでもいい。オレが言いたいのはこの鏡のどこが秘奥なんだと言うことだ」
「え……」
冷たい返しに、上機嫌から一転。奈落に突き落とされたような気分になるトラノヲ。
確かに今の時代。鏡の自体を見たことがない者も多い。
いやさ。例え見たことがあったとしても、これだけ大きな鏡だ。常人ならば映し出された自分の姿に驚き、腰を抜かしてもおかしくはないのだ。
しかし、あいにくとムジナはその「常人」の枠から外れた生い立ちだったわけで……
「もういい。お前を役人に突き出す。いいな」
トラノヲを用済みと見たムジナは、彼に背を向けた。
実はムジナ。トラノヲがあまりにも大きなことを言うものだから、もしかして秘奥とは神器のことなのではと密かに期待していたのだ。
しかしふたを開けて見れば、その正体はただの鏡。自分の姿なんぞに微塵も興味がないムジナにはまったく無用の物だった。
「待て! 貴様はこれをただの鏡だと思ったのだろうが、さにあらず! 思い違いもいいところだ! 今去れば後悔することになるぞ!」
何とかして引き留めようとするトラノヲの声。
しかしムジナは振り返らない。
こんな茶番に二度も付き合ってやるほどお人好しでもなければ、そんな余裕もないのだ。
「ええい、分からん奴め! ならばこれを見よ!」
背後からヤケクソになったトラノヲの声が聞こえた。
すると、それまで暗かった蔵の中が、おもむろに明るくなり始め……
「……?」
その明るさに気を引かれたムジナは何となく振り向いたのだった。




