第96節 トラノヲ(二)
「ではトラノヲ。お前は一体ここで何をしていた?」
ムジナはトラノヲと名乗った男にあらためて尋ねた。
怪しいことこの上ない。――おそらくは盗人だと見立てたムジナだ。
こんな奴、とっととふん捕まえて役人に突き出した方がいいだろうか? 手駒にしようにも、マヌケすぎて使い道が思い付かない。
するとトラノヲは言う。
「わ……おれが何をしていたか、だと? ははは、言ったであろう? わ……おれは何もしておらん。ただ気の向くままに散歩をしていたらここに入ってしまっただけだ」
「……」
呆れるムジナ。呆れすぎて言葉が出てこない。
そんな言い訳が通ると思っているのもそうだが、それ以上に、こいつは一人称すら偽っているらしい。
嘘が吐けないなら吐けないなりに真正直に生きていればいいものを、なんだってこいつはこんな苦しい言い訳をしてまで盗みに入っているのか。
「そうか。詳しいことは役人に話すんだな」
「ま、待て待て。なにか勘違いしておらんか?」
トラノヲは、人を呼びに動いたムジナを止めた。
「なんだ? オレに慈悲を期待してもムダだぞ?」
と、ムジナ。
ここの刑罰がどれだけ厳しいか知らないが、宮殿の蔵に盗みに入った以上、軽いお咎めだけで済むとは思えない。
だがそれもムジナにとってはどうでもいいこと。今の彼にとってトラノヲは自身の身動きを取りやすくするためのただの道具。その道具がどうなろうと知ったことではない。
「だから言っておろう。おれは貴様と同じここの住人だと」
「住人だからとて、盗人ではない保証にはならん」
「だから盗人などではないと言っておる……ああもう、分からん奴だ」
思うに任せない問答に、焦れるトラノヲだ。
しかしムジナ、そんなトラノヲに機会を与える気になったようで、
「ならもう一度だけ聞いてやる。――お前はここで何をしていた? 盗みでないと言うのなら、こんな所に入った理由はなんだ?」
ムジナは問うた。ほんのわずかな嘘偽りですらも許さないと言う姿勢で。
するとトラノヲは答える。
「だ、だからそれは……散歩――」
「……続きは役人に話せ」
「待てっ! 分かった! 話す。正直に話すから!」
今度こそ本当に人を呼びに行こうとするムジナを、トラノヲはしがみついて止めたのだった。
「――人に贈る物を探していただと?」
「む」
オウム返しに尋ねたムジナに、トラノヲは恥ずかしそうに頷いた。
「ならやはり盗人じゃないか」
蔵の中の物を持ち出すとはそう言うことだろう? と、ムジナ。
「だから違うと言っておる。見繕っていたのではない。探していたのだ」
「どう違う?」
違いが分からずに問うたムジナだ
すると、トラノヲはしばらく考え込んで、
「あまり、人には見せたくなかったのだが……」
と、ムジナを蔵の奥へと誘い出したのだ。
「良いか? これから見ることは決して口外してはならぬぞ。これは宮殿の中でも限られたごく一部の者しか知らぬ秘奥。それを見ると言うことは、貴様は今後一切おれの言う通りにせねばならんと言うことだ」
突然仰々しいことを言い出したトラノヲ。
そうして彼は、宮殿の秘奥とやらをムジナに公開して見せたのだった。




