第95節 トラノヲ(一)
オオトリの密命を帯びたムジナが神器の在り処を探って宮殿中を徘徊することしばし……
「……?」
庭に出たムジナは、見るからに挙動が不審な男を発見していた。
何やってる、盗人か? ――と、自分こそが正真正銘の盗人のくせにそんなことを思うムジナ。
しかしそのムジナをもってしてもそう思わずにはいられないほど、その男の挙動はキョロキョロオドオドとして、不審だった。
「む。誰も見ておらぬな……よし」
などと、それを言ったらかえって見つかりそうな約束言を言いながら蔵へと入って行く男。
「……ふむ」
一瞬考えたムジナは、男の後をつけてみることにした。
もし相手が賊徒の類でやましいことを企んでいたのであれば、捕えて役人に差し出せばいいだけの話だ。
そうすれば自分の株は上がり、より自由に動けるようになるし、あるいは男を脅して手駒してしまうのも有りだろう。
どう転んでも得しかない。――周囲に誰もいないことを確認したムジナは男のあとを追って蔵に踏み入った。
すると、そこは思っていた以上に明るくて埃っぽく、そして雑然とした場所で。
(けほっ)
とっさに鼻と口を腕で覆って咳の音を殺すムジナ。
山林での活動を主にしてきた彼にとって、これほどまでに埃っぽい空間と言うのは今まで経験したことがなかったのだ。
しかし、それでも先に入った男がムジナの存在に気付いた様子はない。
奥から感じられる男の気配は、作業を止めるような様子もなく、せかせかとし続けているのだ。
(……よし)
相手の警戒心の薄さをせせら笑ったムジナ。彼はそろりと男の背後へと近づいて行った。
「おい!」
「っ!! わあーおぉーあぁー……!! なんにもしてないぞー」
ムジナが背後から声をかけると、その男は飛び上がるように動揺していた。
そして、
「……お? ……何奴じゃ?」
と、ムジナに不審そうな目を向けて尋ねてきた男。
「オレはムジナ。つい最近ここに来た」
ムジナは名乗った。不審者に誰何されて素直に名乗るのもどうかとは思うが、役人に突き出す方の可能性を考えると、自分の正当性を主張するためには必要なことだ。
「ほほおう。そうか。貴様が……」
名を聞いた男はムジナに興味を持ったようだった。
「そういうお前は誰だ? 何をしていた?」
「む。わ……や。おれ、か? おれは……」
そうだな……などと腕を組みながら考え出す男。
これはこの上なく分かりやすい「悪い見本」だった。偽名を使おうとしているのが丸わかりだ。
偽名の時点で、今後どんな言い訳をしようがもう信用はされることはないと言うのに、偽名であることを隠す気もないらしい。
すると男、やっとのことで自分の名を思い付いたようで。
「おれはイブキトラノヲ。貴様よりももう少しだけ前にここの住人となった者だ」
トラノヲ――それが男の名乗った名だった。




