第94節 探索開始
ムジナが行動を開始したのは、それから数日が経過してからのことだった。
「やるか」
と、侍女神に運び込まれて以来すっかり自分のもの同様になっていた部屋を出たムジナ。
元々どこが悪いと言うこともないのだ。ただ行き倒れを装った手前、急に動いてはあらぬ疑いを持たれかねない。
だからこうしてしばらく静養し、英気を養うふりをしていたのだが、さすがにこれ以上の演技は必要ないだろう。
すると、
「あら。お出かけですか?」
と、背後から声をかける者が。
「ぬ!?」
出鼻をくじかれて内心では相当焦ったムジナ。まさかこんなに早く出くわしてしまうとは。
「散歩に。体が鈍る」
「そうですか。では誰かお付けいたしましょうか?」
「や。いい」
気を遣う侍女神に対して、ムジナは朴訥だった。
元々口数の多い方ではないムジナだが、潜入するにあたっては、ついうっかり口を滑らせて……なんてことがよう無口であろうと努めていたのだ。
「そうですか。何かお困りのことがありましたらなんでも仰ってくださいね」
そう言って、仕事に戻ってゆく侍女神。
ムジナは胸をなでおろすと、彼女の背を見送りながら思ったのだ。
――この数日間、宮殿内部に潜入してわかったことは、彼女はどこまでも優しい存在だと言うこと。
いついかなる時も穏やかで、笑みを絶やさないあの態度は、とても邪神の片腕とは思えない。
邪神の片腕と言えば宰相もそうだ。
静養中に彼に尋問される機会のあったムジナだが、その彼もまた厳しい言動の裏に、実直なまでの誠実さが見て取れたのだ。
「あの二人を従える邪神……」
ムジナは自らの知識に対する疑念を抑えきれなくなっていた。
――邪神と言えば、自分のクニにも伝わっている破壊と死の権化。人のみならず、生ある者すべてに共通する敵のはずだ。
そもそも自分が今このような状況に置かれるきっかけになったのが、邪神の贄に選ばれた妹を救うため。
できることなら、自身の手で邪神を葬り去りたかったムジナだが、それは叶わぬことと知っていたからこそ、オオトリを贄の代役として狩ろうとしたのだ。
「まさか……」
意外と話の分かる奴なのか? ――まだ見ぬ邪神の内側を想像したムジナ。
「……や。ない」
それから頭を振る。
邪神が本当に話せる奴だと言うのなら、贄など要求するはずがない。そしてその贄さえなければ、妹が悲しみに暮れることはなかったし、自分が死の淵に追いやられることもなかったた。
「迷うな。奴こそがすべての元凶」
こうして、いよいよ本格的に神器奪取計画を始動させたムジナ。
まずやるべきことは、邪神の神器の在り処を探ること。それらしい場所をこれ見よがしにうろついていれば、きっとなにかしらの警告が来るはず。
それを狙うムジナは、手始めに宮殿内部を徘徊することにしたのだった。




