第93節 宮殿の部屋
ムジナが、潜入のために行き倒れのふりをしてから三日。
二日目の晩にようやくのことで人に見つけてもらったムジナだが、そうして運ばれた部屋の豪華さに、彼は困惑していた。
「それにしてもあのような場所に落とされるだなんて、あなたも運がなかったですね」
寝台に寝かされたムジナに背を向けた女性が、そんなことを言っていた。
「ですがもう安心です。落とされる場所は人それぞれですが、この地の民となった以上は、皆等しく扱うのがこのクニの決まりですから」
何やら難しいことを言っている彼女の背を、ただ黙って見守るムジナだ。
落とされるとはいったいどういう意味か、彼にはそれが分からないのだ。
この地にやって来る死者は、すべからく天空から落ちてくる。
それはその者の生前の在り方がどうであろうが同じで、この地に住まう者の常識だ。
しかしオオトリの手先として非正規の手段でこの地にやって来たムジナにそんなことが分かるはずもないわけで。
「間もなくお食事の時間ですが、食べられそうですか?」
調度を整えた女性は、ムジナに向き直って尋ねた。
この女性はムジナを見つけてこの部屋を宛がってくれた当人だ。
彼女は着ている物も立派で物腰も柔らかく、上品さを感じさせるが、かと言って、この部屋のある宮殿の主なのかと言うとそう言う感じでもなかった。
ではこの宮殿の主でなければ彼女は、一体何者なのかと言うと……
「……」
ムジナは思考を中断して首を横に振った。
今の彼に、何かを喋ろうと言う気はない。なぜなら最も注意すべきことは下手なことを口走って自らボロを出してしまうことだから。
それにこの地の食べ物を口にすることにもまだ警戒心があり、だから多少の不便を被ってでも、口が利けない者を演じると決めたムジナなのだ。
「そうですか。もし食べられそうでしたらいつでもお声掛けくださいね。すぐに用意させますから」
何も知らない女性は、そう告げてから部屋を出て行った。
ムジナは彼女の気配が去ってゆくのを確認すると、ようやく一息。
「はぁ……まさかあんな貴人に助けられるとは……」
と、知っている人物が去って、緊張から解放されたムジナだ。
この地に潜ってからしばらくの間単独で情勢の調査をしていたムジナだが、その時知り得た情報の一つに彼女の存在が含まれていたのだ。
彼女の名は、ネノククチヒメ。通称侍女神。この地を収める邪神に仕える腹心の一人だ。
邪神の腹心は彼女の他にももう一人、宰相と呼ばれる者がいて、ムジナはこの二人のことは実際に見て、確認できていたのだ。
しかし肝心の邪神は、どこをどう探しても見つからず、
「小山ほどもある巨体に三つ首二つ尾が付いた邪悪な蛇だと? いい加減なことを……」
と、前もってオオトリから教えられた情報の不正確さを詰るムジナ。
そんなに目立つ存在なら真っ先に見つけられそうなものじゃないか。
にもかかわらず見つけられたのは腹心二人だけで、肝心の本人がいないなど……
「……まあいい」
ムジナは頭を切り替えた。
今オオトリを詰ったところで意味はない。それよりも上手く行き過ぎたこの状況を最大限生かすにはどうするべきか。
それこそが今の彼に最も必要な思考だった。




