第92節 ムジナ潜入
――オオトリの密命を受けたムジナがネノクニに潜入してから、既にかなりの日数が経とうとしていた。
「む……まいった……」
ムジナは人気のない森の中で、地面に図を描きながらそう呟いていた。
彼はこの地に潜入してからと言うもの、誰かと接触を図るようなことはおろか、食事も睡眠もとらず、ただひたすらにこのクニの調査に励んでいたのだ。
そしてその調査の暫定結果が今、まとめられたのだが……
「広い。人も多い」
アザミは落胆した。
この地には、一朝一夕ではとても見切れないほどの大きな集落が複数存在していたのだ。
自身の故郷を100束ねてもまだ足りない。このクニ全体を見たわけでもないのにそんな感想を抱いてしまっては、知らず知らずのうちにため息だって出てくると言うものだ。
「まさかこれほどとはな」
この分では例の物の在り処が分かる前に時間切れになりそうだった。
この地に隠された三つの神器を持ち帰る。オオトリに課せられた任を放棄するつもりはないが、早くも頓挫しそうになっている。
オオトリから聞かされた話では、その神器の持ち主である邪神と言うのは三首二尾の大蟒蛇で、その体躯に巻き付かれればどんな強靭な岩でも耐えきれずに砕けると言う。その上性格も粗野で凶暴。話の通じぬ輩だときたものだから、なるべくならば邪神の目につかない形で任を完遂したいと考えていたムジナだったのだが……
「仕方ない。やるか」
ムジナはやむなく計画を修正することにした。
なるべく隠密裏に事を済ませたかったが、肝心の物がどこにあるのか分からないのではどうしようもない。
それに、オオトリから授かったこの体、早くもガタがき始めているのだ。この分じゃ、動けなくなるのもそう遠いことではなさそうだ。
今優先すべきは神器のありかを知ることである以上、多少の危険はやむを得ない。
「さて」
と、覚悟を決めたムジナは、地面に描いた図を消すついでに土を掴んだ。そしてそれを顔に塗りたくりながら立ち上がる。
「オレもいよいよ死人の仲間入りか」
既に死んでいるはずなのに、まだ死んでないつもりでいたことに気付いて、妙な可笑しみを感じたムジナだ。
まずは行き倒れを演じる。そして人に見つけてもらう。
死者のクニの内部に潜入するならば、本当の死者のふりしてこのクニの住人になるのが手っ取り早かった。
自分の猿芝居に付き合ってくれそうな奇特な住人がこのクニにいるのかはなはだ怪しくはあったが、ただ行き倒れたふりをするだけならば、ムジナにだって騙し果せないこともないだろう。
「クシナダ……必ず戻る。待ってろ」
オオトリから贄にされた妹が無事であると聞かされていたムジナはただそのことだけを励みとして、任務に当たるのだった。




