第91節 ミズチ、侍女神と和解す
「ところでなあ、侍女神よ」
宰相の神格化が進んでいる。そんな話も一区切りつき、ふいに訪れていた沈黙を打ち破ったのは、ミズチが侍女神へと向けた一言だった。
「はい。何でしょうか?」
「うむ……何と言ったらいいのか分からんのだが……そなた、大丈夫なのか?」
言いにくそうに侍女神の状態を心配したミズチ。
何しろ最後に二人が会ったのは、求婚に失敗し、お互いが傷付き別れた時だったのだ。
だからこそのミズチの気遣いだったが、しかし侍女神は何も答えない。
ミズチは慌てた。
「ああいや。違うのだぞ! 我は別にそなたを責めようとかそう言うことが言いたいのではなくてだな。ただその……そなたが……心配で……」
失恋の傷が疼くのか、急速にしょんぼりしてゆくミズチ。
すると侍女神、そんなミズチに微笑みを向けて言うのだ。
「ふふ……お気遣いありがとうございます。おかげさまで健やかに過ごしております」
「そ、そうか。それならいいのだが……」
全然話が膨らまずにミズチは視線を落とした。
すると侍女神、何か意を決したようで、傍らにあった椅子に腰を下ろすと、ミズチの目を見て語り始めたのだ。
「実のところを申しますとね。わたくし、ずっと以前からいつかはミズチ様から求婚されるのではと、そんな予感がしてましたの」
「な、そうなのか?」
「はい。ですが、以前も申し上げました通り、わたくしは木と土の神・木樹土比売。火炎より産まれ出でた貴方とは相容れない存在です。ですから、ミズチ様がご自身の心にお気づきになる前にこの地を去ろうとしていたのですが……」
初耳だった。まさか侍女神が、ずっと以前から自分の想いに気付いていて、告白される前に姿を消そうとしていたとは。
「ですが、出来ませんでした。ミズチ様。貴方は初めて会った時はわがままで乱暴なだけの大蟒蛇でした。ですが共に過ごすうちに、日一日と頼もしくなってゆく貴方のその姿。わたくしにとっても貴方は何人にも代えがたい存在になっていってしまい……ですから、ミズチ様!」
「お、おう!?」
語気を強めた侍女神に、ミズチは気圧された。
すると侍女神、突然深々と頭を下げて、
「申し訳ございませんでした! わたくしのわがままのせいで貴方を傷付けてしまいました! 本来ならばわたくしがどうにかしなければいけなかったことだったのに、貴方の傍にいることがあまりにも心地よくて……」
「ま……待て待て! 待つのじゃ侍女神よ!」
ミズチは制止した。
「なぜそなたが謝るのか? 我はそなたを慕うことこそあれ、恨むなど決してないのだぞ! なのに、そう謝られては、我は一体どうすればよいと言うのじゃ!?」
「ですが――」
「もうよいのじゃ。我が何よりも願うのはそなたの幸せ。その幸せを我が与えてやりたかったのは本当じゃが、叶わぬのであらばそれでもよい。だからな、ククチよ。もう頭を下げんでくれ。でないと我もまた、そなたに頭を下げ続けねなばらぬ。なにしろ、今そなたを苦しめているのは、この我の想いなのだからな」
だからこの話はこれでおしまい。また元の通りに接してくれると嬉しい。と、ミズチは言ったのだった。




