第89節 交渉 オオトリ対ムジナ(一)
「それは妾が用意した仮初の体に過ぎぬ。しかし、もしそなたが妾の頼みを聞いてくれると言うのなら、そなたの真の身体を蘇らせてやってもよいと思っておる」
オオトリは言った。
自分は大御神の御業で焼け果ててしまった山森から産まれた存在。
どんな不毛の大地でも、いつかは生命が根付き育まれるように、自分には失った生命を再生させる力があるのだ、と。
それを聞いたムジナは考える。
オオトリは必ずしも信用できる存在ではないが、たった今見せた業は明らかに人知を超えたもの。であれば……
「……それで、オレはなにをすればいい?」
ムジナは尋ねた。
贄にされた妹の生存を確認したい気持ちもあり、彼はまだ生に未練のあったのだ。
「ほほ……物わかりが良いことじゃ。それでこそ妾の見込んだ者よ」
オオトリは意外と簡単に話がまとまりそうで、思わず嗤った。
それから自身の要件を語り始めたのだ。
「そなた、死者のクニを知っておるか?」
「……? 生憎だが、おとぎ話にはそれほど詳しくなくてな」
「ほほ……やはり人の子か……残念じゃが、これは真の話よ」
早速、話の腰が折れて侮蔑せずにはいられないオオトリだ。
しかし、だからと言って諦めるわけにもいかない。オオトリは地底深くにある死者のクニについて、かいつまんで説明したのだった。
「――ほう、例の邪神の治めるクニなんてものが本当にあるとはな」
オオトリの説明を聞いたムジナが、素直に感心した。
「で、そのクニとオレに何の関係が?」
「うむ、そなたにはそのクニへと向かってほしいのじゃ。そして彼の邪神の持つ三つの神器を持ち帰ってきて欲しい」
「そんなことなら、お前が自分で行けばいいだろう?」
ムジナはオオトリの依頼を訝しんだ。
たった今説明されるまで、そのクニの存在すら知らなかった者に行かせる理由は何か?
しかしオオトリは、その問いこそ理解できぬと言ったふうで。
「ほほ……妾にあのような穢れた地へ赴けと申すのか」
オオトリは当然のように言った。
穢れた地。なるほど、どうやらオオトリはよっぽどの綺麗好きらしい。
「つまりお前は、オレならその邪神に勝てると踏んだからこそ、行かせようと?」
ムジナは誇った。
オオトリほどの存在に手傷を負わせた自分であれば、例の邪神にも勝てるかも。それはムジナの狩人としての矜持でもあった。
しかしオオトリは、何を馬鹿なことをとでも言いたげに首を振るのだ。
「いいや。そなたのような人の子風情では、どうあがいてもあの地底界の王には敵わぬであろう」
「ならなぜオレに行かせる」
もしや矢の仕返しのつもりか? ムジナはオオトリの知性を疑った。
どうせ死んでいる身。仕返しのつもりならそれでも別に構いはしないが、それにしたってもっとその気にさせるようなことは言えないのか?
「そう結論を急くな。何もあの邪神を倒せと言っているのではない……妾は彼奴の持つ神器を持ち帰れと言っておる」
オオトリは、明らかに警戒心を強めたムジナを宥めた。
今ここでムジナにへそを曲げられて困るのはオオトリなのだ。
「どうやって? オレはそのジンギとやらがどんな物かも知らん」
「残念じゃが、それがどんな物かはわらわも知らぬのじゃ。しかし、それがどんな物かも含め、やり方を考えるのがそなたの役目。無論、妾も出来得る限りの手助けはしてやるつもりじゃが……」
「……うまく持ち出せたとしてそのあとのことはどうする?」
簡単な仕事のようで、存外面倒事が多いと感じたムジナ。
そんな大事な物であれば、すぐに追手がかかるだろう。オオトリに知らせる手段がなければいずれ元の木阿弥となることは明白だった。




