第85節 ミズチの帰還について
「しかしいまだに信じられません。貴方が本当にあのミズチ様だったとは。」
「おおそうじゃ、宰相殿。うぬはなぜ我がミズチだと分かったのだ?」
ミズチは尋ねた。
今のミズチは長身の青年。かつてのような山のように大きな蟒蛇ではないのだ。
「いえ。最初はわたしも貴方がミズチ様だとは気づきませんでした。」
「ではどうして?」
「そうですね……。では順を追って説明しましょうか。」
語りだした宰相。事の起こりは一人の農夫が宮殿に駆け込んできたことだったと言った。
「その者は宮殿に駆け込むなり、うちの畑で王様が倒れてたと申したのです。」
「ほう。」
相槌を打つミズチ。
なるほど。自分はそうやってこのクニに帰ってきたのか。
侍女神や宰相の例からすると、おそらく自分も天から落ちてきたのだろうが、その瞬間を誰にも見られなければ確かにそう言う証言になるだろう。
そして宰相は続けた。
「私は最初、その話に取り合いませんでした。それはそうでしょう。ミズチ様は今地上に出ておられる。ならば帰ってくる時は例の洞窟から戻ってくるはずなのであって、どこぞの畑に倒れているはずがない。」
「ふむ。」
「しかしわざわざやって来た民の陳情を全く無視するわけにもいかない。そこで私はその農夫に人を二人ほど付けて帰したのですが……。」
宰相はそこで一息吐いた。それは一呼吸と言うよりもため息に近いもので……。
「戻ってきた二人の報告を聞いて私はますます分からなくなったのです。」
「それはなぜじゃ?」
「報告に食い違いがあったからです。一人は『確かにミズチ様だった。早く迎えの使者を出すべきだ』と報告してきたのですが、もう一人は『あれはミズチ様ではなかった。いたのは一人のただの青年だ』と。」
「……。」
「私は再び人を送りました。しかし戻ってきた彼らの報告はやはり一致しないものばかり。」
彼らの上げた報告は、全くの別人、似ているが別人、別人だが魂は大王だった、大王本人、大王ではない等々……とにかく人によってそれぞれだったと、宰相は語った。
「私には分からなくなりました。ミズチ様が一体どこで何をしておられるのか。確かに地上に出るミズチ様を見送りはした私ですが、その後の動向は知る由もなく……。」
「なぜだ?この宮殿には例の鏡があるではないか。我の所在を知りたいのであれば、何故うぬは鏡を使わなんだ?」
「勿論使おうとしました。しかし使えなかったのです。」
「なぜだ?」
「分かりません。」
宰相は頭を振った。
「ですがよくよく考えてみれば、それも当然だったのかもしれません。私があの鏡を覗くときは、必ずミズチ様が傍におりました。元々あればわたしには使えない物だった。そう考えれば得心も行くと言うもの。」
宰相の話はまだ続くのだった。




