第80節 交点(七)
「妹を……クシナダのことを頼む!」
こうして始まった人と神の追いかけっこは、尋常ならざるものだった。
ただオオトリだけを視界の真ん中に捉えて、無我夢中になって追いかけるヒムカイ。
そんなヒムカイの存在に気付いているのかいないのか。まるで誘うみたいに低空低速で飛ぶオオトリ。
この一人と一柱の根競べは森から山へ、山から藪へ。そしてその藪を抜けても終わることはなく、雨が降り、そして止み……。
それでも決着がつくことはなかった。
しかし始まりがあれば、終わりもまたあるもの。
限界を超え、気力も体力も底をついたヒムカイだったが、その執念はついにオオトリに届いて……。
音が聞こえていた。――バクバクと鎮まることを知らないわたし自身の心臓の音が。
音だけが聞こえていた。――ゼーハーと収まることを知らないわたし自身の呼吸の音が。
雨でドロドロヌタヌタになった地面に突っ伏したヒムカイだったが、それでもやっとのことで手に入れたこの成果を手放すことはなかった。
疲労で見えなくなった目も、動かない脚も、何も感じられない腕も、もうしばらくは役に立たないだろう。
それでもヒムカイは、きつく握り締めた右のこぶしだけは決して開こうとしなかった。
その手に握られた物こそが、親友・クシナダを救うための唯一にして最後の希望だったからだ。
そしてそれは、オオトリに焼かれ生死不明となったムジナと、ヒムカイ自身の希望でもあった。
(見える?ううん。見えない。……でも……。)
見えない上に動けない。
使い古した雑巾みたいに手の施しようがないほどにぼろぼろになった体ではあったけれど、それでもちょっとずつ体の感覚を取り戻しつつあったヒムカイは、どうにかこうにかうつ伏せた体を仰向けにすると天を仰いだ。
(これで……これでくーちゃんを……。)
親友を助けることができる。
ちっとも落ち着く気がしない絶望的なまでに荒く苦しい呼吸の真っ只中ではあったけれど、それでもオオトリ狩りという一世一代の快挙をやって遂げたことに歓喜の感情が湧き上がってきて、ヒムカイは笑った。
しかし……。
(ううん。まだ!まだだから……!)
ヒムカイは自分の慢心を諫めた。
喜ぶのはまだ早かった。
オオトリを捕えるのは、あくまでも親友を救うための手段でしかない。
親友を救うためには、早くオオトリを狩りおおせたことをクニのみんなに知らせて、親友を祭壇送りにすることを止めさせなければならなかった。
(これを持って帰るまでがわたしの使命なんだ!早く帰らないと!)
疲労困憊で真っ暗だった視界も、うすぼんやりとではあるけれど見えるようになっているし、体も辛うじて動かせる。
ヒムカイは急いで次の行動に移ろうとした。
しかしそこでとある違和感に気付く。
飛び去る寸でのところで脚を掴んで捕らえたはずのオオトリ。
あの怪鳥はそれからずっと微動だにしないのだ。
死んだ?
それならそれで別にいいけれど、そうじゃないのだとしたら……。
ヒムカイは右手に握っているはずのオオトリにゆっくりと視線を向けてみた。
するとそこには――
そこにあったのは、一片の大きな羽根だった。




