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【完結】神殺しの皇女外伝 -神代記-  作者: 埼山一
第三章 神殺しの皇子
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第77節 交点(四)

 オオトリを必中の距離に捉えるまであと数歩。

 ヒムカイと別れ、瞬く間に彼我(ひが)の間合いを詰めていたムジナは、木陰に身を隠しながら、その機が訪れるのを辛抱強く待ち続けていた。


(む……もう少し詰めたいが……。)


 そう思えてならないムジナ。

 これだけ近づけている以上、尋常(じんじょう)山鳥(やまどり)であればまず仕留め損ねることなどないムジナだったが、なにしろ今回の獲物はあのオオトリなのだ。

 近ければ近いほど命中率が上がると分かっている以上、ほんの(わず)かでも距離を詰めておきたいと思うのも無理ないことだった。


(いや。やめておこう。)


 しかし踏み出しかけた脚を止めて思い直すムジナ。

 これ以上、無理なものは無理なのだ。

 欲に駆られてもう一歩踏み出すようなことをすれば、あのオオトリに気取られてしまうだろう。

 そうなってはこれまでの努力のすべてが水泡と帰す。


(大丈夫だ。相手が何だろうが、俺に仕留められない物はない。)


 ムジナは覚悟を決て弓に矢を(つが)えると、静かに息を(しず)めたのだった。




 一方、ヒムカイが抱いてくれた畏怖(いふ)の念に夢中のオオトリは、自らの命を狙う刺客がすぐそこに潜んでいることに気付きもせずにいた。


(ほほ……そうじゃ。それでよい。それこそが人の子の本来あるべき姿というもの……。)


 身震いしたくなるほどの悦楽(えつらく)()()れるオオトリ。

 たかが人の子一匹から(おそ)れられただけでこれほどまでに喜ぶとは。他者からの敬意と言うものに飢えていたというのだろうか。

 それからややあって……。


(……なんじゃ?あれは?)


 自分から少し離れたとある一点に奇妙な感覚を認めたオオトリは、スウッと目を細めてその方向を(にら)みつけた。

 そこにあるのは何の変哲もないただの樹木。生気を内側に蓄えて、寒さをじっと耐え忍ぶその様子は、今の季節の森に当たり前に見られる当たり前の樹木そのものにしか見えない。しかし……。


(……。)


 オオトリはその一点から視線を()らすことをしなかった。

 そこに何かおかしな熱を感じるのだ。

 あの熱量は樹木などが生み出せるそれを大きく超えている。

 身の程を(わきま)えぬ禽獣(きんじゅう)が愚かにもオオトリを狙っているのだろうか?いや、それにしてももうちょっと違うような気がする。

 禽獣の(たぐい)であれば、オオトリの神威(かむい)を目の当たりにした時点で己の手でどうにかなる存在ではない気付き、大人しく引き下がるはずなのだ。

 とするならばあれは……。


(はっ!?まさか!?)


 オオトリは気付いた。

 あそこには、天津神(あまつかみ)にすら気取らせないほどの技量を持つ危険な何者かが潜んでいると言うことを。

 そしてその時を待っていたかのように、姿を現してみせた一人の男。

 そんな人の子の手に握られるのは一組の弓と矢だ。

 ギリギリときしむその弓は明らかにオオトリの胸部に狙いを定めている。

 ――おのれ!不遜(ふそん)で無知な下郎(げろう)めが!みだりに近付くだけでも罪深いというに、その上(わらわ)に弓引くとは!その罪、万死を持って(つぐな)わせてくれる!――

 激昂(げっこう)したオオトリは眼光一閃(眼光一閃)。男を睨みつけていた。

 すると――


「……ん?――うおぁっ!」


 そして上がる男の悲鳴。

 番えた矢の(やじり)に火がついて、その火は瞬く間に男を包み込んでしまったのだ。


 ――ほほ……それは神罰(しんばつ)と言うものじゃ……。妾が直々に下したその炎の味。ありがたく()みしめるがよいぞ……。――


 愚かな人の子に罰を与えた。勝ち誇ったオオトリの高笑いが響き渡っていた。

 しかし。

 カンッ――およそ自然では聞かれることのない甲高く乾いた音が一つ。この音が冬の夜の森に響き渡ったのは、愉悦(ゆえつ)に浸るオオトリが男から目を離したほんの一瞬のことだった。


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