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【完結】神殺しの皇女外伝 -神代記-  作者: 埼山一
第三章 神殺しの皇子
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第75節 交点(二)

(ほほ……どうやら(わらわ)のことに気が付いたようじゃな……。)


 オオトリは素知(そし)らぬふりをしながら、その実、例の人の子が自分に向かって行動を起こしたことを目聡(めざと)察知(さっち)していた。


(そうじゃ……早う来るがよい、妾はすぐそこにおるぞ……。)


 手ぐすね引くような気持ちで待ち構えるオオトリ。

 人の子などと言うものは、所詮この厳しさしかない地上世界で生きるよりほかない憐れな生き物だ。だからこそ、優美なる天上世界のなかでもさらに美しい自分をその眼に焼き付けることで、辛く苦しい生涯の慰めとなれば。


(妾の姿に恍惚(こうこつ)とする間の抜けた顔をこの地上の見納めとしてくれよう……。)


 その時を想像してほくそ笑んだオオトリ。

 (はた)から見れば、そんなモノを土産(みやげ)になどといささか悪趣味な趣向ではある。しかし、(いさ)める者のいないオオトリがそんなことに気付くはずもない。

 世のすべての物は、己を楽しませるためにある。――などと、そんなことを常日頃から考えているオオトリなのだ。そんな性格の者であればこそ己の悪趣味に気付かないのも無理はない。

 しかもその土産を手にするためとは言え、人の子にここまでしてやったとなれば尚のことだろう。


(……それにしてもうるさい……。)


 オオトリはイラつく心を(しず)めながら、人の子の到着を待っていた。

 以前からオオトリは地上に降り立つことを好まなかった。

 その理由は小うるさく寄ってくる山鳥どもだ。

 以前からそうだったが、オオトリが地上に降りるとその天上の美に魅かれるのか、決まって辺り一帯から山鳥どもがこぞって押し寄せてくるのだ。

 現に今もそうだった。まだオオトリが地上に降り立ってからいくらも経たぬと言うのに、何をどうやって察知しているのか、辺りは山鳥どもで埋め尽くされようとしている。

 その様子は鳥を通り越して羽虫だ。


(いや……ここはひとつ忍耐じゃ。今の妾は正しく天上天下に於いて並ぶ者のない美を持つ天津神(あまつかみ)下賤(げせん)の鳥どもが騒ぎ出すのも仕方のないことよ……。)


 そう思えばこそ、辺り一帯を火の海にしてやりたい衝動を抑えることもできると言うもの。


(早う来い人の子よ……。妾はここで待っておるぞ……。)




 先行したムジナの姿が見えた時、そこは既にオオトリの光が届く「オオトリの支配域」の中だった。


「ハァ……ハァ……いた……。」


 ヒムカイは上がった息を()し殺しながら、ムジナに追いついたことを安堵(あんど)した。しかしその一方で、来なければよかったという後悔も。

 何しろここはオオトリに近すぎた。

 息を整えようにも、オオトリに自分の存在を気取られてしまう可能性を考えれば、大っぴらにするわけにもいかなかった。


「……ふぅー……ふぅー……。」


 ヒムカイはムジナを見習って木陰に身を隠すと、可能な限り気配を殺すことに(つと)めるのだった。




 それから少し――

 ヒムカイが苦労の末に呼吸を整えることに成功すると、それを待っていたかのようにムジナが目配せしてきていた。


(あれがオオトリで間違いないな?)

(はい。あれがオオトリで間違いないです。)

(そうか。)


 言葉を用いない会話だったが、(とどこお)りなく済ませた二人。


(あ、こんな中でも通じちゃった……。)


 ムジナの納得した様子を見て、ヒムカイはふとそんなどうでもいいことにちょっとした感動を覚えていた。

 あそこに見えるのは夜闇(よやみ)の中でも自ら光りを放ち辺りを照らす不可思議な鳥。

 その妙な鳥のお陰でこうして言葉を交わさずとも意思の疎通(そつう)が図れる。

 考えてみればオオトリとは何者なのか。


(オオトリ……鳥……大山鳥……?)


 言い伝えでは天界からの落とし子だそうだが、そんなことはまったく信じていないヒムカイだ。

 ハッキリと分かっているのは、オオトリは確かに実在していて、今もすぐそこにいると言うことぐらい。


(なんでもいいや。あんな変な鳥でもくーちゃんの代わりになるって言うんなら、獲るだけだもの。)


 ヒムカイは答えの出ない疑問を振り払うと決意を新たにしてムジナの方を見た。


(そこにいろ。オレが指示を出すまで絶対に動くな。)

(分かりました。)


 夜の森の中にあって目配せだけで意思の疎通が図れるこの都合の良さよ。

 オオトリの都合の良さにあらためて感謝したヒムカイだった。


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