第74節 交点(一)
夜になった。
朝が来た。
夜になった。
朝が来た。
そしてまた夜になって朝が来る。
(なぜじゃ?)
オオトリはもうかれこれ三日ほど、不思議なものを見る心地で人の子のことをただただ観察していた。
(人の子よ。そなたはそのようにつらい思いをしてまで一体何を探しておると言うのか。)
この三日間。人の子二人は寝る間も惜しんで見張りと移動を繰り返していた。
朝日を拝んでは唇を噛み、そうしてできた新たな旅の供・「悲壮感」を背負い込んで出発するのだ。
そして今日も早、日が沈もうとしていた。
人の子はこれまでと同じように野営の準備をしている。また夜通し見張るつもりなのだろう。
(もはやこれまでじゃな……。)
これ以上見ていると、こちらの方がつらくなってくる。――そう考えたオオトリは観察をやめた。
(憐れな人の子よ……。せめて妾の姿でも見て慰めとするがよい……。)
何を探しているのかは分からずじまいだ。しかし見納めになるのがあんな顔ではせっかく逢いに来てやった甲斐がない。
そう考えたオオトリは日没に合わせるように大地に降り立っていた。
――夜が来た。運命の夜。しかし、そのことを知る者はまだ誰もいない。――
丘の頂に立つ一本杉。
その樹上に腰を下ろしてあたりを見回していた件の人の子・ヒムカイは、ふと周囲に広がる森の気配が変わっていることに気が付いた。
(ん?なんだろう?)
今は真夜中。草木も眠りに就くような、そういう時だ。
だから当然、人の目で辺りのすべてを把握できるような時刻ではない。
しかしそれでもヒムカイは森の異変に気が付いていた。
じいいっと目を凝らした彼女の視線の先には、もうこれ以上見たくもないような森の黒い影が広がるばかり。
「あそこだけ明るい……月?なんでそこだけ?」
呟いたヒムカイは空を見た。そして愕然とする。
上空には一面の雲。今晩の空は夜闇を夜闇足らしめる厚い雲に隙間なく覆われていたのだ。
(だったらあれは!……まさかっ!?)
期待と焦燥、猜疑。これらがいっぺんに襲ってきて、ヒムカイの心の鼓動を活発にさせる。
ヒムカイがずっと探し求めていた物。それが今、ようやっと見かったかも知れないのだ。
すると、
「あれか?」
「ひょぇっ!」
一人だと思っていたところに声をかけられて、ヒムカイは思わず声を上げていた。
声をかけてきた男の名はムジナ。ヒムカイの旅の連れだ。
彼はヒムカイに気配を悟られることもなく、この一本杉を登ってきたらしい。
「……違うのか?」
余人に分かり得ない極限まで省略された質問をするムジナ。
それでも今のこの二人にはこれで十分だった。
「あ、はい……あれです。……多分。」
「そうか。あれがオオトリ。」
ヒムカイの答えを聞いたムジナがそう呟いていた。
そう。オオトリこそがこの二人が探し求めていた「探し物」だったのだ。
「まさか本当にいたとは……。」
その言葉だけを残したムジナは、一人木から降りると勢いよく光の中心地へと向かって駆け出して行く。
そうして樹上に一人残されたヒムカイは少しの葛藤の後、やはりムジナのあとを追ってこの一本杉を放棄する。
――それは、運命の夜の出来事だった。しかし、この夜の先に何が待っているのか。知る者は誰もいない。――




