第69節 別れ
オオトリの警告にもかかわらず、タケハヤがその場から立ち去ることはなかった。
――ほう……そなた。あの荒神だけでは飽き足らず、この妾までも敵に回したいと申すか……。――
不快な視線がオオトリの機嫌を損ねる。
「いえ。とんでもない!わたしにそのようなつもりは毛頭御座いません。」
――ではなんじゃ。用がないのなら去ねと申した。この荒ぶる神の神威を得た今の妾であれば、そなたを葬り去ることなど造作もなき事。新たに手に入れたこの力、そなたで試してみても良いのだぞ……。――
オオトリの目が鋭く光っていた。
威嚇は本気でやってこそ効果が出る。オオトリはそれでもタケハヤが引かないのであれば、誅殺もやむなしと思っていた。
そしてその目を見たタケハヤが口を開く。
「……しからば、畏れながら申し上げよう。御神鳥よ。わたしにはかの大神を討った証となる物が必要なのです。」
――証じゃと?――
「はい。幸いにして武運に恵まれ大神を討取りはしましたが、その事実を知るのはわたしと御神鳥のみ。今ここでわたしが人里へと立ち戻り『大神は討たれた。人の世は救われた。』と触れて回ったところで、証拠となる物が無ければ、ただの妄言としか受け取られないのです。」
――ふむ。なるほどのう……。――
頷いたオオトリ。
しかしだからなんだと言うのだ。
要は英雄としてチヤホヤされたいから証拠をくれと言っているだけではないか。そんなものは人の子の都合でしかない。
第一、証と言われてもこの兄神の骸は鱗一枚に至るまで全て自分の物なのだ。
(……面倒な奴よ。いっそ始末してしまおうか?)
オオトリの中の悪心がそう囁いていた。
しかしこやつは兄神を討った功労者でもある。
余人ならばいざ知らず、今回のミズチ討伐に於いて最大最高の功を上げた者に何の褒賞も与えないと言うのも上に立つ者のすることではない。
――ならば妾の下したその剣を邪神の骸より出でた剣と称するがよい。さすれば皆得心もしよう。――
オオトリはそう言った。
この剣はミズチから出でぬにしてもオオトリの爪より研ぎ出されし神代の刃。ミズチの骸と比しても何ら見劣りする物ではない。
如何に事情を知らぬ者であろうと、これを見れば確かに荒神は討たれたのだ納得せぬわけにはいかないだろう。
「しかし、折れてしまいましたので。」
(食い下がるのう……。)
いっそこやつも喰ってしまおうか。いよいよそう思ったオオトリだが、徒に人の子など喰っては身の穢れ。天津神としての沽券に関わる。
――では、こうせよ。剣をその身に呑みて妾に祈り、願いを捧げるがよい。さすればその剣はそなたにたった一度だけ奇跡の業を見せるであろう。――
「奇跡とは?」
――ほほ……それは言えぬなあ。――
こうして神殺しの英雄・タケハヤはオオトリの元から去っていった。
そしてこの神剣がタケハヤに奇跡を見ることになるのは、もう少し先のことになるのだった。




