第64節 神殺しの皇子 其之十三 一勝一敗
「我が一撃!受けてみよ!」
タケハヤがミズチの残されたもう一本の尻尾に神剣を振り下ろすと、むちっとした感触が手に伝わって来ていた。
「うおあありゃああっ!」
タケハヤが自分の全体重をかけて強引に圧し斬ろうとするとたびに、ズブズブとミズチの体に沈み込んでゆく神剣。
(人の世に仇成す邪神!我が栄光の礎となれいっ!)
もう一息!――史上語り継がれるであろう勝利は目の前だ。タケハヤが全身全霊の力で目前にぶら下がっているその甘美なる栄光を掴もうとしていると――
「うがっ!?」
栄光に目が眩んだタケハヤの体に、強烈な衝撃が襲ってきたのだった。
「うぐっ……。」
タケハヤはうめいていた。
「な、一体、何が……?」
そう呟いたつもりだったが、自分の声は聞こえていない。
聞こえているのは耳をつんざくような激しい耳鳴りの音だけ。
「おのれ……うおっ!?」
目が回る。視界が反転している。
それでも立ち上がろうとしたタケハヤだったが、グッと力を込めた足の裏に踏むべき地面はなく……。
グラッと視界が揺れた方と思うと、本当に天地が反転していたことに気が付いたタケハヤ。
タケハヤは上下逆さまになって木に叩き付けられていたのだ。
「ええい!」
タケハヤは自分の無様さに腹が立っていた。
平衡感に異常をきたすほどの一撃を食らったと思って、そのつもりで立ち上がろうとしていたら、単に自分の体が上下逆さまになっていただけだったとは……。
タケハヤは体勢を直すと、今度こそ自分の体勢の上下に間違いがないことを確認しながら状況を確認していた。
(何たる失態。まさか邪神の尻尾に弾き飛ばされるとは……。)
それが、タケハヤがこうなった原因だった。
そして、自分の迂闊さを呪わずにはいられないタケハヤだ。
ミズチが狙ってそうしたのならばまだ言い訳も立つ。だがこれは違う。
オオトリの炎によって視界を奪われたミズチは、状況が理解できていないまま、尻尾を斬られた痛みで身じろいでいたに過ぎないのだ。
(あやつがわしを狙って尻尾を振るったのであれば、今ごろわしの命はなかった……。)
それが解ってしまうタケハヤなだだけに、勝利を確信して油断した自分が情けなくなる。
この失態を余人に見られていないのが、せめてもの救いだろう。
「大神よ。いや見事な一撃。このタケハヤ、感服仕った。」
タケハヤはその場に立ち上がると叫んだ。せっかくオオトリの炎に紛れて、身を隠せているこの状況だが、自分の居場所がばれようが、そんなことはもうどうでもいい。
オオトリの奇策に溺れて油断した自分の失態が許せなくて、真っ向から立ち向かわなければ気が済まない気分になっていたのだ。
『人の子よ!わが身を傷付けし者は、うぬか!』
タケハヤを見つけたミズチの六つの目が一斉にこちらを向いていた。
「御神鳥の導きにより、貴神の尾が一つ。確かにわしが討った!しかしわしを恨まれるな。わしは我らが大地を脅かせし者に抗って見せただけのこと。どうしても恨みたいのであれば、のこのこと地上にやってきた貴神自身の迂闊さを恨まれよ。」
『言わせておけば、好き勝手言いおって。――よかろう。そこまでの覚悟があるのであれば、我もうぬを我が敵として認めようではないか。今すぐに地底の我が国へと送ってくれる!食らい居れ!』
ミズチが吼えた。大地が揺れていた。そして地が裂け、その中心にいたタケハヤは……。




