第62節 神殺しの皇子 其之十一 ミズチ
オオトリの最後の神威によって一変したこの状況下でのこと。
『おのれ!妹め!一体何をしおった!?』
もはやミズチには何も見えていないようだった。
ミズチの周りにはすべてを埋め尽くさんばかりの火、火、火……。
さっきまで木の海だったこの場所が一瞬にして、火の海に変わっていた。
しかしミズチには何が起きたのかがまるで分っていないのだ。
ただ突然、世界のすべてが真っ白になったように感じられて、頭が混乱しているのだ。
六つ目はすべて見えてはいる。しかし元々それほど良いとは言えないミズチの目。こうなってしまうともう物の役には立ちそうにもない。
『くそっ!見えぬ!どうなっておる?何も見えぬ!』
ミズチは焦っていた。
冷静になって考えてみれば、たとえ見えていなくとも何の不都合もないはずなのだ。
今のミズチはこの地上に於いて勝る者のない存在だ。対するタケハヤはなんだかんだ言ってみたところで、所詮はただの人の子。
そこにオオトリの助力が加わろうと、その肝心のオオトリがもはや神なのか鳥なのかの境界線上の存在にまで落ちぶれてしまった以上、ミズチの優位は変わらないのだ。
そんな状況なのだから、慌てる必要のないミズチだ。なのに、それでも嫌な予感が拭えない。
(妹神め……。この期に及んで何をしようと言うのか……。)
ミズチにとって、あのオオトリの小賢しさは脅威だった。
と言っても、ミズチ自身の脅威ではない。この地に住まう生命の脅威だ。
いかにオオトリが神威を失おうとその知恵が回り続ける限り、奴は使えるものは何でも使おうとするだろう。その結果、多くの生命が失われることになろうと、あの妹神にはそれを悼むという感情が欠落しているのだ。
(だから我は退けぬのよ。妹よ……改心できぬと言うのであれば、うぬもまた我が国の民と成るか?)
だからミズチは、実の妹をこが手に掛ける覚悟をし始めていた。
無論、そんなことはミズチの本意ではない。
本意ではないが、妹神が生きている限り無用な血がこの地上に流れ続けると言うのであれば、そうするしかないではないか。オオトリの身内である自分が……。
(母神よ……。どうやら我はけじめをつけねばならぬようだ。母神の愛しき娘を手に掛けるこの罪……不肖の子であった我をどうか恨まれよ。)
ついに一度も会うことができなかった母神に謝罪したミズチ。
オオトリを手に掛ければ、きっと自分は悪しき神となり果てるだろう。そうなっては、天上と良好な関係を築くことが叶わなくなるのは勿論のこと、天界から討伐の兵を送られる存在になるやも知れぬのだ。
『聞こえるか妹神よ!我は決めたぞ!例え我が身が悪逆の神となろうとも、今ここでうぬを止めねば、我らの産みの親である母神の名に傷がつくのだ!覚悟せよ!』
ひときわ大きな声で吼えたミズチ。
その時――
「大神よ。弑し奉る。」
タケハヤの声がミズチの背後から聞こえていた。




