第57節 神殺しの皇子 其之六 無限の再生(上)
やっぱり奴の首は三つだった。
(馬鹿な。)
タケハヤは驚嘆していた。
これで何度目だろうか。斬り落としても斬り落としても、気が付けば何事もなかったかのように生え変わっているミズチの首に、どうあっても勝てないのではないかと、絶望感がふつふつと湧き上がってきているタケハヤだ。
(確かにすべての首を斬り落としたはず。なのになぜだ!?)
切り落としたはずの首は何処へ?見回してみても見当たらない。それはそうだ。落とした首は瞬く間に燃え尽きていたではないか。
斬り落としたと思ったのは気のせいだったのか。幻覚を見たとでもいうのだろうか。
タケハヤは己の手の中にあるほのかに赤みを帯びた剣に目を向けていた。
天穂火斬――オオトリより授けられしこの神剣。その威力は絶大だった。
タケハヤの差料では、ミズチの首一つ落とすだけでも幾度となく打ち付けなければならず、大変な苦労を強いられていた。だと言うのに、この神剣はほんの一薙ぎでタケハヤの差料と同じことができるのだ。
(これぞ正しく神剣。その名に恥じぬ神力を備えてはいる……が……。)
どれだけ斬ってもまったく堪えぬ怪物が相手では、この神剣のありがたみも薄れるというもの。
『どこまでも哀れで愚かなる人の子め。我が恩情を無下にしたその罪、今ならまだ許してやらぬでもない。頭を垂れて許しを求めよ。』
タケハヤの目の前では、ミズチが贖罪を求めていた。
だがミズチの言葉を解することができないタケハヤには、邪神がただ恐ろしき咆哮を上げているようにしか聞こえないのだ。
「吼えるな、この邪なる神め!吼えたところでわしの勇気をくじくことは出来ぬぞ!」
タケハヤはそう叫ぶと、剣を振るっていた。
ドスンッ――と、音を立てて落ちるミズチの首。そしてその首は次の瞬間には炎を上げて、瞬く間に塵一つ残さずに燃え尽きてゆく。
(やはり斬った手応えはある。夢でも幻でもない。だが!ならばなぜ!!こやつの首は付いているのだ!?)
奴の相変わらず計六つもあるその目には紅蓮の炎が宿り、ますますタケハヤのことを敵として認識しているようだった。
『愚な……もはや容赦はすまい……。亡者となりて我が国の民と成れ!』
とうとう堪忍袋の緒が切れたミズチの牙がタケハヤに襲い掛かっていた。
「なんの!」
だが、それを横っ飛びで躱したタケハヤ。
元々体捌きと体力には自信があるタケハヤだ。大きい分だけ細かい動きのできないミズチの攻撃を躱すなど、タケハヤにとってそれほど難しいことではない。
「やっ!」
タケハヤは素早く立ち上がると、伸びきってしまったミズチの首を打った。
落ちる首。燃え上がって、塵になる。
そして見上げて見れば、相変わらずそこにいるのは三つ首の邪神。
(御神鳥よ。早く……早くこの邪神の不死の秘密を……!)
タケハヤは進も退くもままならない事態に焦燥を感じながら、神剣を構え直していた。
(あの荒神め。どうなっておるのじゃ。)
オオトリは空中を旋回しながら眉をひそめていた。
何度斬り落としてもすぐに生え変わってくるミズチの首の秘密が、どうしても解からない。
(あの人の子は確かにあやつめの首を切り落とした。しかし落としたはずのその首は瞬く間に元に戻っておる……。)
そのぐらいの芸当、実はオオトリにもできることではあった。――神威を使えればと言う条件付きではあったが。
そもそも、本来再生回復などと言う業はオオトリにこそ与えられた物なのだ。
オオトリは「焼土から芽吹いてくる新しき命」を司る神。だから回復の業に関しては、ミズチよりもはるかに精通しているオオトリだ。
(ええい、荒神め……不可解な妖術を身に付けおって……。あれほどの傷を癒したにも関わらず、いささかも神威が衰えておらぬではないか……。)
自身の知識・権能をもってしても理解し難い、あの回復術が気味悪く感じられてならないオオトリだ。
「やっ!」
眼下では、タケハヤがミズチの攻撃を巧みに躱しては果敢に襲い掛かるということを繰り返していた。
――人の子よ。決して無理はすまいぞ。立ち向かうばかりが能ではない。時には隠れることも考えよ。――
「お気遣い感謝します御神鳥よ!だが、わたしの心配は無用!それよりも早くこやつの秘密を!」
(ええい、簡単に言うてくれるわ……。それができれば苦労はせぬ。)
オオトリは変わらず空中を旋回し続けていた。これだけの高さを確保していれば、いくらミズチが巨大だろうとその牙が届く心配はなかった。
(荒神……ますます薄気味悪い存在になりおるわ……。)
ミズチを観察し続けていたオオトリ。
すると、ミズチの真中の首がこちらを向いたではないか。
「妹よ。やはり、この人の子、うぬの差し金で間違いないようだな。」
(ほほ……何を今さら。図体の動きと同じで頭の回転も鈍い様じゃな……。)
オオトリは嗤った。
もうそんな種明かしをする段階ではないのだ。それなのに未だにそんなところを愚図愚図考えているミズチが憐れでもあった。
「うぬには言いたいことが山ほどあるが、今はこの不遜なる人の子に罰を与えねばならぬ。それが済むまで逃げずにとどまっておれよ。」
――ほほ……妾には何のことやら、とんと分からぬ……。早う用事を済ませてくりゃれ……。――
オオトリはしらばくれると、一旦ミズチから視線を外した。
逃げたくとも、もう神威がない。ただの鳥として生涯を終えるつもりのないオオトリだからこそ、ミズチの意味のない指図を嗤っていたのだった。




