第54節 神殺しの皇子 其之三
オオトリの誘導に従ってミズチの首を左、右、そして中央と順番に斬り落としていったタケハヤ。こうして彼は、人の世に終焉をもたらすと謂われた邪神を見事討ち果たすことに成功していたのだった。
「やりましたぞ。ご覧あれ、御神鳥よ。わたしが……このわたしが、見事邪神めを討ち果たして見せましたぞ!」
タケハヤ剣をかざして己の武勇を誇っていた。
タケハヤのそのあまりの無邪気な喜びように、さしものオオトリも蔑むのも忘れて自分も嬉しく思っていた。
(ほほ……そのようにはしゃぐことでもあるまいに……。)
と、そんなことを思いもしたが、それでもそういう様子を見て、そう悪い気はしていなかったオオトリだ。
それから、オオトリはミズチの骸に視線を移していた。
(それにしても兄上……。随分とあっけない終わり方をしたものよ……。)
血を分けた兄神が、こうも簡単に人の子に打ち取られるなど……。元々自分の仕掛けた策略だったとは言え、そんな何とも言えない気持ちになっていたオオトリ。
見れば、そこには確かに三首二尾の大蟒蛇の骸が横たわっており、兄は確かに死んだのだと、思い知らされて……。
(……?……)
オオトリはそこで妙な感覚に襲われていた。
(なんじゃ……この違和感は?……あの兄神めは死んだ……それは間違いなかろう……。なのになぜこうも落ち着かぬのじゃ……?)
簡単には形容できそうにない何かがそこに見えたような気がしたオオトリ。彼女はわずかな変化の見逃すまいと注意深く辺りの様子を窺い始めた。
(よく見よ……何かがあるはずのなのじゃ……何かが……。あの骸か……?もしや別の者……?いや、違う……。あれは確かに兄神じゃ……。三首二尾の骸など他にあってよいものではな……三首?……三首!?……三つの首じゃとっ!?)
――何をぼさっとしておる!後ろじゃ!逃げよ!――
ありえない事態に驚愕したオオトリは、慌ててタケハヤに警告を発していた。
「ハハッ……何を慌てておられる御神鳥よ。後ろに何があると――ンなんとぉっ!」
笑いながら後ろを見たタケハヤは思わず仰天した。
それもそのはずで、何と今打ち取ったはずの邪神の躯が動き出そうとしていたのだ。しかも何事もなかったかのように三つの頭が付いた状態で、だ。
タケハヤは慌ててその場から逃げ出すと、どうにかこうにか柵の外に避難していた。
「なんと……これは一体……?」
驚愕の色を隠せないタケハヤ。
彼は未だ収まらない胸の鼓動を押さえつけながら、復活を遂げようとするミズチが、自らの軛となっていた門や柵を壊して起き上がろうとするのを眺めるしかなかった。
その一方で空からその様子を見降ろして、タケハヤと同じように焦るのはオオトリ。
(分からぬ……。荒神め……一体どんな術を使ったのじゃ……。)
彼女は不可解な現象の原因を突き止めようと懸命に思考を廻らせていた。
兄神は自分と同じく火を司る神。決して不死の存在などではないはず。にもかかわらず、首を刎ねられたはずのこやつはどうして、こう何事もなかったかのように復活しようとしているのか?
「御神鳥!いかがいたしますか!?」
ミズチの動きに警戒していたタケハヤが、オオトリに指示を仰いでいだ。
だが、そう問われたからと言って、すぐには何も思いつかないオオトリだ。
「御神鳥っ!?」
――ええいっ、今考えておる!ちと黙り居れ、この小人めが!――
オオトリは一喝してタケハヤを黙らせると、脳を全回転させて善後策を講じようとしていた。
(何なんじゃこやつは?何をどうしたら首を斬られても生きていられる?いや。そんな簡単な話ではない。どうして斬ったはずの首が何事もなかったようについておるのじゃ?)
あれは本当に自分の火の神なのか?
もし自分が首を斬られたら、あれと同じようにまた生えてくるとでもいうのだろうか。
いや。そんなはずがない。と言うか、天界広しといえど、そんなマネができる天津神が存在するわけがないのだ。
(地の底で一体何を得て来おった?おぞましき黄泉津神めが……。)
常夜での生活にどっぷり浸かっているうちに、亡者となり果てていたのではないか?――そう思いたくなったオオトリ。
だが違う。亡者とは地の底に囚われているもの。こうして地上に出て来られるはずがないのだ。
どうしてもミズチの復活の理由が分からないオオトリ。彼女は上空を旋回したまま、その理由を何とか見極めようとしていた。
一方で、オオトリに黄泉津神呼ばわりされたミズチはと言えば……。
ミズチは、せっかくオオトリによって設えられていた歓待の門も柵もすべて踏みつぶして、いよいよその巨体を起こし終えたところだった。
「ううむ……。むむむ……。これは一体どういうことじゃ?」
ミズチは自身でも自分の体に何が起きているのかはっきりと把握していないのか、何とも気の抜けた言葉を吐いていた。
そして、いつの間にかどこかへと消えていた妹神・オオトリを探して、何が起きているのかを問い質そうとしていた。
「妹よ。どこじゃ?――ああ、そのような所におったか。」
上空を旋回するオオトリを見つけたミズチ。
ミズチの三つの首すべてがオオトリにその視線を注いでいた。
すると――
「ていやあっ!」
ミズチの足元から聞こえてきた渾身の気合と共に、鋭い一撃がミズチの胴体を襲っていた。
タケハヤがミズチに斬りかかっていたのだ。
ミズチの固い鱗の隙間を突いて、わずかに食い込んだタケハヤの剣。だがそれ以上は刃が入りそうもない。
「っく……さすがに硬い……このっ!」
このままでは人の世が滅ぶ――焦ったタケハヤはもうなりふり構わずに刃に力を込めていた。すると……。
「――ああっ!しまったっ!?」
タケハヤの剣はミズチの強靭な鱗に阻まれて、敢無く真っ二つに折れてしまっていた。
するとそんな様子を見て、タケハヤの存在を今初めて認めたミズチ。
ミズチはそんな明らかな敵対行動をとられたにもかかわらず、怒ることもなくタケハヤに語りかけていた。
「一体何のマネだ、人の子よ。邪魔をするな。我はそこの妹神に用がある。許してやる故、このまま去るがよい。」
「っくうっ。何たる不覚。剣なしでどうやってこやつを討ち取れるというのだ?」
「聞こえぬのか?我は邪魔をするなと言っておる。我は人の子に危害を加えるつもりはない。我の気が変わらぬうちに去れ。」
「だがわしは諦めぬぞ、この人の世に仇成す邪神め!何としてもここで成敗してくれる!」
(……?)
討ち取る?成敗?こちらは危害を加える気はないと言っているのに、何を言っているのかこの者は?
人の子の入れ込みように困惑するばかりのミズチ。
だが、この時のミズチはまだ気付いていなかった。自分の操る言葉は、生ある人の子には通じない物であったと言うことに。
こうして、ミズチ対タケハヤの第二戦目が始まろうとしていた。




