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【完結】神殺しの皇女外伝 -神代記-  作者: 埼山一
第二章 新たなる時代
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第51節 岐路

 それは天上、地上、地底。すべての界の空が良く晴れ渡った日のことだった。


「――ふう~む……。」


 宮殿にある例の鏡を、一人覗きこんでいたミズチ。


「なるほど、これは興味深いのう……。」


 彼は映し出される映像をひとしきり見たあと、そんなことを独り言ちていた。


「そうか……人の子の(はかな)さが生んだ悲劇とでも言うのか、意外とどこにでもある話なのだな。災厄を鎮めるために生贄を差し出すなど……。」


 ミズチは映し出されていた映像に、そんな感想を抱いていた。


「しかし、にわかには信じられぬ。あのような物が地上におるなどと……。」


 鏡に映し出されていた物の異様さを思い出して、そんなことをつぶやいたミズチ。

 神代の世界である天上ならいざ知らず、人の子が幅を利かせるようになって久しいこの地上世界において、()()()()()()()が現れるなど、ミズチにはにわかに信じられなかったのだ。

 この鏡、本当に地上界の出来事を映し出す物なのか?――そんな疑問がミズチの脳裏をよぎる。


「ふむ……。それにしてもあの怪物……たしか、八首八尾(やつくびやつお)大蛇(おろち)であったか?ハハハ……そのような者、たとえ天上であろうとおるわけがなかろうに……。」


 どう考えても、そんな者がいるなどとは信じられなかったミズチ。

 だが、自分だって三首二尾(みつくびふたお)蟒蛇(うわばみ)のくせに、一体どの口がそれを言うのだろうか。しかし残念なことに、この場にはそのことに突っ込んでくれるような有能な人材はいなかった。


「しかしまあそれはどうでもよい。肝心なのはこのあとよ。」


 ミズチはそう言うとで、思考を侍女神のことへと切り替えた。

 予期せず始まった英雄譚につい熱中してしまったミズチだったが、別にただの暇つぶしで鏡を覗いていたわけではない。侍女神を慰める手掛かりを得るために覗いていたのだ。

 そして、彼の言う「このあと」とは何のことかと言うと……。


「ふむ。想いを歌に乗せる、か……。なるほどのう……。」


 そう。ミズチの心に触れた「このあと」とは、詩歌のことだった。

 鏡が映し出していたのは、どことも知れぬ場所の本当のことかも分からぬ出来事を綴った一人の英雄の物語。

 その英雄は見事大蛇を打ち取るとその功をもって妻を娶り、そして己が宮と定めた地に降り立つと、一首の歌を詠んだのだ。


八雲(やくも)立つ 出雲(いづも)八重垣(やえがき) (つま)ごみに 八重垣作る その八重垣を――で、あったか?」


 ミズチはその歌を口ずさんでいた。

 はっきり言ってしまえば、ミズチにはこの歌の意味するところは分からない。

 濛々(もうもう)と立ち登る雲がまるで八重垣みたいに見えるから、そこに若奥様を隠しておこうかな……どう頑張って読んでもその程度にしか理解できないミズチなのである。


「生贄になろうとしていたところを救って妻にした女か……。であれば、(かくま)いたくなるのも、まあ分からぬでもないが……。」


 だったらいつ消えるか分からない雲などに頼らず、ちゃんとした八重垣を作ればよいではないか。――そんな身もふたもないことを考えてしまうミズチだ。

 だが生まれてよりこの方、何ら教養を得る機会もなく今日まで過ごしてきたミズチだ。勿論、侍女神と宰相の二人と出会ってからは様々な政治仁徳を学ばせてもらっていたが、それでも詩歌については教わることはついになかったのだ。


「せめて我にもう少しだけ利口な頭が付いておれば……。」


 せっかく三つもあるのに、そのどれもこれもが似たような出来のミズチの頭。

 どうして自分はこんなにも単純な出来の頭に生まれてしまったのか。もう少し賢ければ、このせっかく得られた素晴らしい手がかりを生かして侍女神を慰めることもできたであろうに……。

 ミズチはため息を吐くと、詩歌のことは一旦保留とすることにした。すぐには無理でも、いつか良い歌を詠める日が来るかもしれない。そしてその時は侍女神にその歌を贈って、我が想いを十分に伝えたい。――そんなことを考えていたミズチだった。




 日の短いこの季節。夢中になって手がかりを掴もうとするミズチだったが気が付けばあっという間に夜になっていた。――


「すまぬが宰相殿。今宵(こよい)夕餉(ゆうげ)は共に出来ぬ。我はもうひと踏ん張りしようと思う。」

「そうですか。では鏡の間に食事を用意させましょう。」

「む。そうしてくれると助かる。」

「ですが、決して無理をなされぬよう。ミズチ様は我々と違い生者。無理をすれば必ずその体に報いが返ってきます。」

「うむ。肝に銘じておこう。」


 こうして夜通しで手がかりを掴もうと躍起になっていたミズチ。だがその行為が、図らずも一人の少女の命にかかわることになるなど、この時のミズチが知る由もなかった。




「ムムム……。」


 宣言通り夜を徹して鏡を覗いていたミズチは、思うに任せない成果にそんなうなりを上げていた。


「そうか……こちらが夜ならば地上もまた夜なのだな……。」


 分かっていたようで分かっていなかった事実を知って落胆したミズチ。

 人は昼に動くもの。であれば、当然夜の生活を覗くよりも昼の生活を覗く方が得る物は多かったのだ。

 勿論、夜には夜にふさわしい人の営みが見られるとはいえ、そんなものは今のミズチにしてみれば目の毒でしかない。


「やれやれ徒労であったか……。」


 そう呟いたミズチ。すると彼の脳裏にとある疑問が引っかかる。


「いや待て。今、こちらが夜なら地上も夜か……。では昼に見たあの英雄譚は何だったのだ?あれは夜の出来事だったではないか?」


 それどころか鏡の中ではあっという間に何日も経っていたのでは?あの時ミズチが鏡に魅入っていたのは精々が一刻だったが、鏡の中では幾度も昼夜を繰り返していたのだ。


「この鏡……本当に何を映すものなのだ?」


 使用者が見たい地上の場所を映すものだとばかり思っていたミズチだったが、この鏡のよく分からない性能に疑問ばかりが湧いてくる。

 そんなこんなで何となく鏡を眺めていたミズチ。


「……?――っ!」


 ミズチは、突然血相を変えたかと思うと、宰相を呼びつけていた。


「宰相を――宰相殿を呼べ!大至急じゃ!ことは一刻を争う!」


 だが今はもう夜だ。すでに周りに人などいないし、食事も別々に済ませてしまっていて、宰相もすでに自室に籠っているだろう。

 勤勉無二(きんべんむに)の宰相のこと。もしかしたらまだ起きているかも知れないが、それでも、ここから宰相を呼びに行くのももどかしい。


「く……誰か……誰かおらぬのか!?」


 珍しく焦れて悶えたミズチ。すると、次に起きたのは地震だった。

 彼は意図せず地を揺らしてしまっていたのだ。

 さほどの揺れではなかったとはいえ、それでも地震には違いがなく、にわかにざわめき出したこの地底界。そこかしこの民家からはこの災難から逃れようとする民たちが次々に外へと姿を現していた。


「ミズチ様!大変です。」


 地震に驚いたと言うよりも、民たちの安全を確認しようとしたらしい宰相が、ミズチを見つけると急ぎ足で駆け寄ってきていた。


「宰相殿!」

「地じ……ああ。そういうことでしたか。」


 ミズチの焦燥ぶりを見て、地震の原因に思い当った宰相。

 何しろ久しぶりのことで、宰相ですら思い当たるのに時間がかかってしまったのだ。


「さすがに焦りました。この地でもやはり地震は恐ろしいものですから。ミズチ様。一体何をそんなに慌てているのですか?」

「……すまぬ。急なことで力を抑えきれなかった。だがこれを見てくれ。そうすれば我がなぜ慌てていたのかわかるであろう。」


 宰相は近侍(きんじ)の者に「これ以上の震れはもう来ない。慌てる必要はないと民に触れて回れ」と指示を出すと、ミズチの言葉に従って鏡に映された映像を見入っていた。




「ミズチ様ほどのお方を慌てさせた物ですか……。」


 そんなことをつぶやきながら鏡を覗きこんだ宰相はそこに移された景色を確認すると、これの何に慌てたのかと不思議そうにミズチを見やっていた。


「これは……行列、ですか?」

「うむ。いかにも行列だ。うぬはこれを何の行列と見る?」

「何のと言われましてもこう暗いと、人の行列としか……。」

「よく見てみよ。宰相殿ならば必ずわかるはず。」

「う~ん……松明(たいまつ)は分かるんですが……まあ夜ですからね。ないと困るでしょう。あとは人、人、人……。ああ、みんな何かしら持ってますね。食べ物?でしょうか……。ずいぶん多く持っているようですが、何かの祭り……いや、それにしてはどうにも雰囲気が良くない……。」

「……。」


 目が慣れてきて少しづつ鏡に映された景色を判読し始めた宰相を、黙って見守っているミズチ。早く気付いてほしいが、それでも何も言わないのは、宰相ならばこれだけの重大事に気付かぬはずがないという信頼のなせる(わざ)でもあった。


「……あ、輿(こし)が見えますね。女子(おなご)が一人乗っているようですし……となると輿入れ……あっ!」

「……分かったか?」

「はい……これは、贄の列……ですね。」


 昏い顔で答えた宰相。行列の中央、輿に乗せられていたのは、嫁ぎ先に向かう女子などではなく、死ぬために運ばれる生きた人だった。

 贄など珍しくもないこのご時世だ。これも場合によっては仕方のない犠牲だとは言え、自身も通った道を他の者にも通ってほしくはないというのが宰相の本意でもあったのだ。


「次はこれじゃ。」


 ミズチは鏡に映る風景を切り替えて見せた。


「これは……また何とも美しい……輝く……鳥、ですか?」


 まさかそんな言葉が聞けるとは思わず、宰相の漏らした感想に意外そうな顔をするミズチ。


「そうか。うぬは知らぬのだったな。……これはな、オオトリじゃ。」

「オオトリ?……ああ。確かミズチ様と同じ炎から生まれた妹神であらせられる……。」

「そう。そしてうぬをこの地に送り込んだ張本人でもある。」

「あ……。」


 何も知らずに自身の仇を誉めそやしていたことに気が付いて、言葉を失った宰相。


「我の言いたいこと、分かったか……。」

「はい。」

「あやつめ……いつの間に目覚めておったのだ。」


 ミズチは苦々しい顔をして、鏡に映る妹を見ていた。

 あやつめ……なにも反省していない様子ではないか。何を企んでいるのか知らぬが、再び人の子を贄に使って我を呼び出すつもりではあるまいな。

 かつての邂逅(かいこう)で、命を粗末にするなとオオトリを叱り付けたミズチだったが、あの妹には何も届いていなかったらしい。


「それで、ミズチ様はどうなさるおつもりなのですか?」

「ふむ……至急行かねばなるまい。手をこまねいて見ておればあそこに見える娘が命を絶つことになる。」

「そうですか……。しかし、大丈夫ですか。」

「む?何がじゃ?」

「お忘れですか、ミズチ様。あなたは以前地上に上がった時よりもかなり縮んでいるのですよ。」

「ん?おお、そう言えばそうだったな。忘れておったわ。だが、安心しろ。見た所、我以上にあやつの方が消耗しておるようだからの。」


 鏡を通して見えるオオトリはすっかり縮んでしまっている。あの様子ではそう時を経ずに神威(かむい)を失って、ただの怪鳥に成り下がることだろう。

 一方のミズチは神威を失って縮んでいるとはいえ、それはあくまでも自分の意志で神器に神威を遷した結果であり、必要ならばいつでも在りし日の巨躯に戻ることだってできるのだ。


「では、行ってくるぞ宰相殿。留守の間、クニと侍女神を頼む。」

「は。お気をつけて。」


 こうしてミズチはまたしてもよからぬこと企んでいる妹を諫めるべく、地上へと向かうのであった。その判断が、自身の運命に大きくかかわってくるとも知らずに……。


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