第47節 蛇・人同盟
「宰相殿。宰相殿は何処じゃ?」
宮殿に帰還したミズチは、一息つく間もなく宰相を探し回っていた。
探し回ると言っても別に宮殿内に踏み入って遍く見て回るわけではない。いくら神威の委譲によって体が縮んでいるとはいえ、ミズチが宮殿内に入ろうとすれば、廊下がギチギチのパンパンになってしまうのだ。
だから彼は、宮殿の外から一つ一つ窓を覗き込んでは宰相を探し回っていた。
「ミズチ様、宰相はここに。一体どうしたのですか?」
後ろから声をかけられて振り向くと、そこには確かに探し求めていた宰相の姿が。
「おお、宰相殿。そこにおったか。じつは貴殿に折り入って相談したいことがあってな……。」
「はは……『貴殿』とはまた珍しい。しかし私もこれから検地の査察に出向かねばならないのです。夕食時でよろしいでしょうか?」
「むう、そうか……。できれば急ぎたいことなのだが……ダメか?どうしても聞いて欲しいことなのだが……。」
「……なるほど……。」
妙にしんみりとお願いするミズチの態度に、何かを察したらしい宰相がそう呟いていた。
「……ええ、分かりました。今日の査察は取りやめにしましょう。しかし、ここでは何でしょうから……そうですね。庄屋裏の田ででもお話ししましょうか。」
宰相はそう言うと、直ちに人を呼んで今日の自分の公務はすべて取りやめると告げた。
「済まぬ。助かる……。」
「いいえ。これもまた我らがクニのためになることです。大王がそのように小さく萎れていると、国全体の活力が損なわれます。」
「はは……そうか。手厳しいな……。」
「ミズチ様は先に行って待っていてください。私はあの方が間違って庄屋の方に来ないように、それとなく手配しておきます。……今はまだどういう顔をして会えばいいのか分からない。そうでしょう?」
「あ……うむ……。そうじゃな……そうしよう……。」
何もかもお見通し。そんな人物ではなかったはずの宰相にすら見透かされていたミズチの心。
ミズチは、自分の秘めていたはずの想いが一体どれだけの余人に知られているのだろうかと、ある種の気恥ずかしさを感じながら、宮殿をあとにした。
ここは庄屋の裏手に広がっている田。今の時期は土を休ませるために、ただのの野原とそう違いはない状態になっていた。ここなら巨躯のミズチでも心置きなく話ができるし誰か来てもすぐに分かる。だから宰相はここを相談の場所に選んで、その上で誰も近づかないように手配しておいたのだ。
「……ある程度の予想はしていましたが……なるほど。そのようなことがあったのですね。」
ミズチが侍女神との間にあった事情を話すと、宰相がそう言って頷いていた。
「うむ……。火と木は交われぬのが運命。そう言われた時、我には返す言葉もなかった。あの時何と言ってやれば良かったのか、どうすれば良かったのか……未だに分からぬ。」
「……。それはきっと正しい答えなどなかったのでしょう。その場で何を言ったところで侍女神様の心には届かなかったのだと思います。」
「やはり……うぬもそう思うか?」
「はい。その時黙るしかなかったのなら、それが答えなのです。正しいとか正しくないとかの話ではありません。」
「そうか……。」
「……。」
それきりうつむき黙った二人。正解のない答えほど納得し難い物はない。だからミズチはそうやって黙り込んで、自分が納得するための時間を作ろうとしていた。
「……済んだことを気に病んでも仕方がありません。それよりもこれからどうすべきかを考える方がよろしいでしょう。」
沈黙を打ち破って切り出したのは宰相だった。
「む……そうだな。いや、そもそも我はそこを相談したかったのだ。宰相殿、ぜひ知恵を貸してほしい。」
「勿論。ですが、予めお伝えしておきますがミズチ様。私にとっても男女のことは不得手な分野です。ですから、どれだけお力になれるかは自信がありません。」
「なんと……そうであったのか?」
宰相の言葉の意外さに驚いたミズチ。
この宰相。真面目が過ぎる所はあるが、齢も若くて頭の回転が速い。だから当然仕事もできて、男女問わず人を惹き付けるだけの知的魅力がある者だと、そう見込んでいたミズチ。要は、こいつはモテる奴だと思い込んでいたのだ。
「はい。生前、確かに私には妻子がおりました。が、妻は予め決められていた者。妻と出会ったのも婚姻の当日でしたし、ですから女子を慰めたり楽しませると言った方法など知らないのです。ましてや、その相手が想い合っているのに、故あって結ばれないなどという者であれば、何をいわんやです。」
「……そうか。ではうぬの知恵をもってしても彼女を慰めることは適わぬのか……」
相談の本題に入る前から宰相に経験のなさを白状されてしょげかえったミズチ。彼は当てが外れたのではないかと言う不安から、背中を丸めずにはいられなかった。
「いえ、そう結論を急がないでください。知らないとは言いましたが、考えないとは言っていません。ですから二人でこれから考えてゆきましょう。我らが知恵を出し合えば、きっと良策も見つかるはずです。」
「そうか……そう、だな……。」
ミズチは、宰相ならば即座に妙案の一つや二つをポンと示してくれると期待していたのだろう。共に考えようと励まされてもなかなか顔を上げられないでいた。
宰相ですら知らないことを、自分のような粗雑な頭の蛇が一匹参加したからと言って、それで妙案が出てくるとは到底思えなかったのだ。
その様子を見た宰相はミズチの考えを察したのか、仕方ないと言ったふうに口を開く。
「……人の身でありながらこのような物言いは僭越だと思っていたから言いませんでしたが……。」
「……?」
突然、違う話を切り出されたミズチは何の話だろうか?と、宰相を見た。
「――ミズチ様が頼ってくださった時、実は私は嬉しかったのです。ミズチ様と侍女神様は私にとってかけがえのない方。そのお二方が傷付き落ち込んでいる時に、どうして自分だけが蚊帳の外なのか。それが気がかりで、ここのところ碌に仕事も手に付かず……。だからミズチ様から今回の相談を持ち掛けられた時、私は密かに喜んでいたのですよ。お二人が悩んでいるというのに喜ぶとは不謹慎だとは思いましたが、仲間外れではなかったと知って喜ばずにはいられなかったのです。」
「……。」
どう応えていいか分からず、宰相を見たミズチ。
意外だった。まさか宰相がそんなことで疎外感を覚えているなど、ミズチは考えもしなかったのだ。
「ですから、そのようにしょげ返らず頭をお上げください。不肖ながらこの宰相。お二人のためならこの身命を賭してでも、きっとこの問題を解決に導いて見せましょう。」
「……やってくれるのか?うぬを仲間はずれにした我らのために?」
「勿論。仲間外れとは申しましたが、男女のことに第三者が割って入るなど、普通はあり得ないことも分かっているのです。それにこれは看過できないお二人の危機。どうして黙って見過ごすことができましょう。私なんかでよければ人肌でも二肌でも脱いで御覧に入れますとも。」
「宰相殿!」
「ミズチ様。」
ミズチは三つある首の内、右の首を宰相に差し伸べた。それは人の身で言う所の握手のつもりだった。
その想いをきちんと察した宰相は、右手で差し出されたミズチの顎を撫でていた。
「よし。やるぞ、宰相殿。侍女神を慰める妙案が浮かぶまで、我が眠ることはも食べることもないだろう。」
「はは……さすがにそれはお控えください、ミズチ様。亡者たる私ならいざ知らず、生者のミズチ様がそのようなことをすれば、たちどころに我らの仲間入りを果たしてしまいます。」
「ダメか。」
「ダメです。もし侍女神様でも同じことを仰るでしょうね。」
「むう……。」
「――――。」
「――。」
こうしてミズチ、宰相の侍女神慰問同盟は成った。
そしてその第一回の会合の結果、まずはその道に長じた者に意見を求めるべしとの結論に至っていた。




