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【完結】神殺しの皇女外伝 -神代記-  作者: 埼山一
第二章 新たなる時代
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第46節 老夫婦

 人の子に勘違いされることを嫌って一旦眠りに就いたオオトリ。彼女がそのわずかばかりの休息に就いていた頃――その勘違いされたくなかった当人、人の子タケハヤは、どういう訳か街道を外れた森の中に足を踏み入れるに至っていた。


(あの老夫婦、何をしようというのだ?こんな森の中で一体何を……?)


 木の陰から覗き込みながら(いぶか)しむタケハヤ。

 そう。今、彼が道を外れて森の中にいるのには、彼なりの理由があったのだ。




 ――それは今から少し前の出来事。

 生まれついての好奇心のなせる業なのか、昔から尋常でない道を選びたがっては迷子になる奇癖を持つヤマトの皇子(みこ)・タケハヤ。

 そんな彼でさえも迷いようのないぐらいに単純な川沿いの道を進んで辿り着いたのは、ヨシノの柵を出るときに見送りの兵が教えてくれた「最初のムラ」だった。


「ふむ。確かに着いたな。ここが『最初のムラ』に違いあるまい。」


 タケハヤは、無事一つ目の目標地点に辿り着いたことに安堵した。

 とは言っても、ヨシノの柵を出てからここまでまだ半刻も経っていない。如何にタケハヤと言えど、この短い時と短い距離で迷子になるのは至難の業だと言っていいだろう。


「さて。ここでちょっと一息といきたいところだが、あまりうかうかしていられんな。何しろこのムラでは、まだわしは得体の知れぬ余所者(よそもの)なのだからな。」


 タケハヤはムラ(おさ)の家を探した。見知らぬ集落に立ち入った時、まずしておくことと言えば、そこの長との面識を得ておくことだ。そうしておけばのちに何か揉め事が起きたとしても、余所者だからというだけであらぬ嫌疑をかけられることも、不条理な迫害を受ける可能性も減るというものだった。


「この先の道のことも聞いておかねばならぬ。ムラ長であれば、きっと港湾の集落への道も知っておるだろう。」


 ヨシノ大王からもらった友好の証もある。無下に扱われることもなかろう。――タケハヤはそんな軽い気持ちでムラ長の家を訪おうとしていた。だが……。

 大手道を適当に歩いてムラ長宅を探していたタケハヤは、ムラの中心に向かうにつれてちょっとした違和感を覚えるに至っていた。


(ふむう……何だ?この妙な重苦しさは……?)


 このムラ。一見すると何処にでもあるのどかな集落で、ここに住まう民たちも至って健康そうに見えるのだが、何かが引っかかるのだ。


(息が詰まるというか……辛気臭いとでも言えばよいのか?)


 タケハヤには原因が分からなかった。ムラの様子は人、物、共に壮健そのもので、それなのにこのムラを取り巻く気配と言うか空気感と言うか、それだけがズンと淀んでいたのだ。

 嫌な雰囲気のムラに足を踏み入れてしまい、心がざわつき始めているタケハヤ。


(このムラ、どうも心がざわついて収まらん。こういう時は迂闊に踏み入らずに避けて通るが吉か……。)


 タケハヤはこのムラに立ち寄るのを諦めて、このままやり過ごしてしまおうかと考え、(きびす)を返した。

 だが、方向を転換したタケハヤの視界に、とある一組の夫婦と思しき老人たちが入り込んでくる。


(お?これは丁度良い。彼らにこの先の道だけ聞いて早々に立ち去るとしよう。)


 そう考えたタケハヤは老夫婦に声をかけようとした。だが――


(うん?)


 タケハヤは声をかけるのを踏み留まっていた。かざしかけた手を下げて、老夫婦の様子を注意深く観察するタケハヤ。

 老夫婦は、そんな余所者・タケハヤの存在に気付いていないのか、彼を気に留めることもなく背を向けると、大手道から逸れて川を越え、ムラに隣接する森の方へと向かい、そしてその中へと消えて入った。


(ふうむ……。)


 その様子を最後まで見ていたタケハヤ。彼は何を思ったのか、老夫婦の後を追って森の中に足を踏み入れていた。――




 ――それがタケハヤが今、こんな辺鄙な森の中にいる理由だった。

 彼がその老夫婦に興味を惹かれたのは、彼らの纏う気配が尋常ではないと気付いたからだ。

 ムラを覆っていた辛気臭さの元凶ではないかと思えるような、鬱々とした気配と纏わせているこの老夫婦。

 だからタケハヤは持ち前の好奇心に抗うこともできず、彼らの後をつけて森の中に入っていたのだ。


(ふふ……さすがに気付くまいな。何しろ、わしの忍びの術は生半(なまなか)な物ではないからな。)


 そんな誰に対しての自慢かも分からないようなことを考えながら、老人二人の後をつけるタケハヤ。

 だがそれでも、そこはタケハヤの思う通りで、実際に老夫婦はタケハヤの尾行に気付くこともなく、粛々と森の中を進んでいた。


(さあ、何をするつもりだ?わしにすべてを見せてみよ。)


 タケハヤは興味深そうに考察する。




 狩猟か?いや、狩猟の類ではないだろう。あの二人はいま、木材を背負っている。そんな物を必要とする狩猟など、聞いたことがない。

 では採取か柴刈りか?いや、もっとない。それはそうだろう。どうして、わざわざあんな重い物を背負って採取に出かけねばならぬ。採取がしたいなら空の籠でも担いで行く方が自然なのだ。

 それに(おきな)の方は足が悪いのか、(おうな)の手を借りながらやっとのことで歩いている有様だ。狩猟だろうが採取だろうが、あれほどに足の自由が利かない者にやらせる仕事ではなかった。




 それから一刻ほどかけて……老夫婦の後をつけていたタケハヤは、ついにとある場所に辿り着いていた。


(ふむう……なるほど。ここに用事があるということか……。いや、分からん。一体何用で?)


 尾行を気取られぬように木陰に忍んだタケハヤ。だが彼は、この老夫婦の目的地を見てますます訝しんでいた。

 ここは大きな口を開けた洞窟の入り口だった。老夫婦のいる辺り一帯には岩がゴロゴロと転がって、草の一本すらも生えてはいない開けた平地になっている。

 だがそれもこの辺りだけのこと。洞窟の入口に近づくほどに急峻な下り坂になっていて、もしあそこに転げ落ちようものなら這い上がるのも一苦労だろう。

 まるで来た者をあの洞窟に吸い寄せるために用意されたかのような、どうにも心が休まらない、ここはそんな平地だった。

 老夫婦はこの場所に到着するなり息つく間もなく、作業に取り掛かっている。下り坂ギリギリの平地に陣取って、持ってきた木材で何やら組み立てているのだ。


(何を作るつもりだ?こんな場所で何をしようと?)


 ここからでは何を作ろうとしているのかまでは分からない。

 いっそ直接尋ねてしまえばいいのだが、タケハヤはそれをしなかった。あんな雰囲気の老人たちに迂闊に声をかけようものなら、その陰鬱さが伝染してしまうのでは。そう思えてしまったからだ。

 せめてその原因ぐらいは知った上で話しかけたい。――そのぐらいあの老夫婦は尋常ではない気配を纏っている。


(あの二人……さすがに人には違いないだろうが……さて……。)


 タケハヤがますます注意深く観察していると、老夫婦の会話が聞こえてきていた。




嗚呼(ああ)……何と……何と嘆かわしい……。なぜわしがこのような物を用意せねばならぬのじゃ……。」

「……言わないでください。手が止まってしまいます。」

「ああ、分かっている。分かっているのじゃ。じゃがそれでも言わせてくれ。わしは常日頃から、過去の自身の悪行を償うべく過ごしてきたつもりじゃ。じゃがそれでは足りなかったのか?先の短いこの老体にまさかこのような仕打ち。これもすべてはあの日の出来事の報いだとでも言うのか……。」

「いいえ、違います。それは違います。わたしは知っています。あの日のあなたは決して悪くはなかった。悪かったのはもっと別の方。それはわたしがちゃんと知っています。ですからもうご自分を責めるのはやめてください。」

「ではなぜ、わしはこの齢になってまでこのような仕打ちを受けておる。なぜわしが祭壇作りを命じられた?のう、頼む。頼むからわしが悪事の報いのだと言ってくれ。その方がどれだけ気が楽になることか……。」

「わたしには悪くない者を悪いだなんて言えません。それに、今の大王(おおきみ)はお優しい方。ですから今日までこれと言った労役も迫害もなく、皆幸せに暮らしていたではありませんか。それはあなたが許されたという証拠です。」

「ではなぜっ!なぜ今わしはこのような目に遭わされておるっ!答えよっ!」

「それはあなたがクニ一番の職人だからでしょうっ!これも……運命だったとしか……。」

「嗚呼……なぜ……なぜわしは職人の道を選んでしまったのか……。」

「分かりません……これも運命だったのだとしか……。」

「ああっ……。」

「ううっ……。」




 愚痴から始まった老夫婦の会話は喧嘩へと発展し、しまいには二人してさめざめとした泣き事へと変わっていく。


(なるほど……。陰気の原因はそれか……。簡単な事情は察したが、これ以上はこうしていても埒が明かぬな。)


 ますます興味を引かれたタケハヤは、これ以上我慢していることができず、木陰から姿を見せていた。


「おい、そこな老夫婦よ。そなたらはいったい何者だ。そこで一体、何をしておる。」


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