第43節 大炎の蟒蛇
夕方ごろからしとしとと降り出した雨に打たれながら、ミズチは一人うなだれていた。
気を紛らわすためだけにやっていた開拓事業すら手に付かなくなってしまったミズチは、宮殿はおろか人里にすら帰っていない。彼は自身が圧し折った樹木の残骸を見つめながら、ずっと考え続けていたのだ。
(これが……この木が侍女神だったのか……。)
折れた樹木と侍女神の姿が重なって見えてしまうミズチ。
どうして今まで自分は気付かなかったのだろうか。これほど長きに亘って共に過ごしておきながら、彼女が樹木の化身だなんて露ほどにも考えていなかった。
好いたの惚れたのと勝手に舞い上がっていた割には、彼女の本質を全く見ようとはしていなかったという事実がミズチを苛んでいる。
(いや待て。侍女神は侍女神だ。断じてそこらに生える名もなき樹木なぞではない。)
ミズチは一度固く目を閉じてからそう念じると、もう一度目を開いてあたりの景色を見渡した。だが、これは侍女神ではないと分かっていても、目に留まる木の残骸のすべてが侍女神に見えてしまう。
ミズチによってなぎ倒され散乱している侍女神の姿をしたそれらは、何の感情も見せることなく、ただそこに伏すなり重なるなりしているばかり。
(済まぬ。こんな荒神に関わったばかりに、そなたに要らぬ苦悩を背負わせてしまった……。)
悔悟するミズチ。
一体何を間違えたのだろうか。
一体どこで間違えたのだろうか。
侍女神を好きにならなければよかったのか。
侍女神に会わなければよかったのか。
それでもなければ、いっそ自分など生まれなければよかったのか。
自分の生きている意義すら分からなくなったミズチの頭の中は様々な思いが巡っては消えるばかりになっていた。
いつの間にか夜になっていた。それでもミズチは動かない。ただその場に居座り続けて天を仰いだり樹木の残骸を見たり……そうやってミズチは考え続けている。
答えの見えない煩悶の海原を漂っていたミズチはふと思うことがあった。それは侍女神には自分がどう見えていたのだろうか、ということ。
おっきな蛇?――それは今でも時折話題に上ることがある侍女神のミズチに対する第一印象だ。今でこそ笑い話として飯時の話のネタになるほどだったが、言われたあの当時は本当にカチンと来ていたミズチ。
だがあの侍女神が、本当にこの蟒蛇に対してそれだけの感想しか持たなかったのだろうか。
自分よりもはるかに長い間、天津神として生きてきた侍女神のことだ。きっと彼女は口にこそ出さなかったが、ミズチが火の化身であることも見抜いていたのではないか。
自分は太陽神の滴から生まれた御子神だとは紹介したが、火の神だなどと紹介した覚えのないミズチ。でも彼女はミズチの本質を当たり前のように言い当てていた。
ミズチの本質は蟒蛇の形をした大炎。そうと知りながら、それでも彼女は何ら臆することなくミズチと親しく接してくれていた。できるなら嫁ぎたかったとも言ってくれた。彼女の向ける笑顔が偽りではなかったのなら、それは彼女の本心だったに違いない。
「我なんぞに……そんな深い好意を持ってくれていたなど……。」
ミズチは侍女神の深い愛情に感謝し、嘆いた。そして自分を詰る。それに比べて自分はどうなのだ、と。
自分は本当に侍女神に惚れていたのか。彼女のどこに、何に惚れていたのだ。
優しくて一緒にいると温かい気分になれるから何となく好き。――そんな母親に求める程度の安っぽい好意だけで不用意に近づこうとして、徒に彼女を傷付けてしまっただけではないのか。
「そうなのか……?我は……侍女神に母を求めていただけなのか……?」
好意の理由が男女の情ではない別の所にあった可能性に辿り着いたミズチ。彼は愕然として天を見上げた。気が付けば空は白んできているが雲は厚く、雨もまだ変わらず降りしきっていた。




