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【完結】神殺しの皇女外伝 -神代記-  作者: 埼山一
第二章 新たなる時代
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第42節 一夜を明かす

(ほほ……あやつめ……意外と使える……いや、有能と言ってやるべきか……。)


 オオトリは、例の若者の様子を天空高くから監視していた。


(何やら手短にまとめおったようであるし、これは下手に使い捨てるよりももっと上手い使いようがあるやも知れぬ……。)


 そう。この交渉には最短でも十日はかかると言っていたあの若者。驚いたことに彼は何とたったの一日の交渉ですべてをまとめ上げてしまったのだ。


(ほほ……十日とはまたふかしおって……。まあ終わったのならばよい……。早う妾を求めるがよかろう……。)


 早くあの荒神(あらがみ)弑逆(しいぎゃく)するための計画を詰めてしまいたい。と、そう思うオオトリ。

 だが自分から会いに行こうとはしないオオトリだ。もしそんなことをすれば、自分があの若者のことを待ち焦がれていたと勘違いされるかも知れない。

 若者が必要なことは違いのない事実ではあるが、たかが人の子にそんな勘違いをされたなどとあっては、天津神(あまつかみ)沽券(こけん)にかかわると言うもの。もしあの若者がそんな勘違いをしてしまったとしても、罰死させるわけにもいかないのだ。

 だからオオトリはこうしてあの若者が自分を求めるのを待っていたのだ。

 自分の野望がかかっていると言うのに、そんな安い誇りですら捨てられないのがオオトリと呼ばれる神だ。

 しかし若者がそんなオオトリの想いなど知るはずもなく、ヨシノ大王(おおきみ)の言葉に甘えて今宵はこのクニに泊まると言う。


(むむう……。ほほ……まあよい……。どうせあやつがこの集落に留まる限りは贄の話も進まぬのだからな……。)


 そう考えたオオトリは飛び去った。ただ起きているだけでも神威(かむい)はわずかだが消費するのだ。すぐに枯渇すると言うわけではないが、減るよりほかにない神威の節約はオオトリにとって習慣になりつつある。そして人里離れた森の中に降り立つとしばしの休息に入る。――その間、辺り一帯の生命からその生命力を吸い取って死に至らしめるのもまた彼女の無意識の習慣となっていた。


 翌朝、珍しく朝寝坊をした若者は既に運ばれてあった朝食を手短に済ませるとヨシノ大王に別れの挨拶をしていた。


「どうやらよく眠れたようで、何よりですな。」

「はは……いやお恥ずかしい。久しく人らしい寝床にありつけていませんでしたので、つい熟睡してしまったのです。」


 ヨシノ大王の言葉に恐縮する若者。すると意外にも大王は若者の言い分を我が事のように同意する。


「ああ、それは分かる。何しろ私も旅の空を枕にすることが多々ありますからな。」

「おや。貴殿も旅をなされますか?」


 若者は大王の話に乗った。どうせもうこの後は港湾の集落に戻るだけでしばらく予定はないのだ。急ぐ旅でもない以上、こんな程度の世間話でヨシノ大王との関係を良くできるのであれば、それは好手と言うものだった。


「うむ。私の場合は交易のための旅だが……。いや、あれはいい。人里の良さをあらためて教えてくれる。」

「なるほど。言われて見ればそういう見方もできますか――」


 それからしばらく四方山話(よもやまばなし)に花を咲かせた二人。

 親子ほども齢のちがう若者とヨシノ大王だが、意外と意気投合するところが大きいのは、互いに自分のクニの外に広がる世界にも見識があるからだろう。

 そして――


「――それでは、ヨシノ大王。昨日の件、くれぐれもよろしくお願いいたします。」


 別れの挨拶を切り出した若者。ヨシノ大王との雑談は意外と楽しいものだったのだが、いつまでもこうしているのも憚られたのだ。


「うむ。しかと賜った、ヤマトノタケハヤノ皇子(みこ)殿。しかし今の我がクニが貴殿に手を貸すようなこともないということもまた忘れることなきよう頼みますぞ。」

「無論。ヨシノが敵にならないだけでも得難き千人の兵を得たに等しいと言うもの。これ以上のことを望めば神罰が下るでしょう。」


 挨拶を済ませた若者、タケハヤノ皇子は宮殿を出た。そして案内の兵の先導に従ってこの集落の出口へと向かって行く。

 このヨシノの集落は四方を柵と環濠で囲まれた堅牢な要害だ。人も多い。何となく眺めているだけでもそれが分かるのだ。もしこのクニを敵に回せば相当な骨折りを強いられることだろう。

 そんなことにならずに済んだことを喜びながら帰路を歩むタケハヤ。まさか、事がこんなにも上手く運ぶとは思っていなかった彼だ。だから今の彼は足取りを軽やかにしながら好意的な目でこの作の風景を楽しんでいた。


「あ、すまぬ。しばし待たれよ。」

「はい。」


 タケハヤはあるモノが目に留まって先導する兵に声をかけた。


「あそこに見える者は誰か?」


 そう言って指をさすタケハヤ。彼が指差した先にあるモノとは一人の女子のことだった。


「ん?ああ、あれは我がクニの皇女(みこ)ですよ。」

「ほう。ではあれがヨシノ大王の娘か。」


 このヨシノには皇女が一人。あらかじめそう聞き及んでいたタケハヤは特に驚きもせずに納得した。


「なるほど。で、皇女殿はどこに向かわれているのであろうか?」

「そうですね。神殿……だと思いますが。」

「神殿?……ああ、そうか。そなたのクニは宮殿と神殿が分かれておったのだな。」

「は……?」


 言われたことの意味が分からないと言ったふうの兵士。だが別に分からないならそれでもいい。どうせこの兵にとって、クニによっては神殿と宮殿は同じ物だと言うことなどどうでもいいことなのだろうし。


「失礼を承知で尋ねるが……神殿には何があるのだろうか?」


 タケハヤは尋ねた。この存外気さくな兵であれば、畏まらずに雑談ができると思ったからだ。


「えっ?」


 しかし、その問いにぎょっとした態度を見せた兵士。


「ああいや。これは失礼した。他意はないのだ。答えたくなければそれでよい。」

「は。まあ……。」


 タケハヤは兵の態度を見てすぐに諦めた。どうせ何の意味もない雑談に過ぎないのだ。こんな所でヨシノとの関係を悪くする必要などない。

 この兵、最初皇女の紹介をした時は随分と親しげ――いや、親しげと言うよりはむしろぞんざいと言った方がいいのかも知れないが――に語っていたからつい調子に乗って深入りしてしまったが、どのクニにだって余所に漏らしたくないことの一つや二つあるものだ。


「ふうん……。」


 タケハヤはあたらめて皇女を眺めた。遠目ではどんな容姿なのかまでは判別できないが、空元気ではないかと思えるぐらいに勇んで神殿の方に向かって行く。

 確たる理由があるわけではないが、なぜか見れば見るほど興味を惹かれる。


「あの……何が気になることでも?」

「いや、済まなかった。何でもない。行こう。」


 だがそれも今はどうでもよいことだ。そう思い直したタケハヤは彼女のことを頭の中から追い出すとこのヨシノの集落を後にした。


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