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【完結】神殺しの皇女外伝 -神代記-  作者: 埼山一
第二章 新たなる時代
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第40節 集落

 オオトリが例の若者と接触を図ってから数日後のこと。

 オオトリの案内によって目的の里近くの丘まで無事出られた若者。彼は眼下に広がる集落とその風景を見るなり言った。


「おお。これはまたなかなかの絶景。しかもこの風景、どことなく我が生誕の地、ヤマト国のヨシノの地を彷彿とさせます。」

――ほほ……そうかえ……。しかしそなた、郷里恋しさによもやおかしな気を起こすようなことはなかろうな……。――


 どこからともなく聞こえてくるオオトリの声。

 姿は見せずともその動向は逐一確認しているあたり、オオトリはこの得体の知れない神威(かむい)を持つ若者のことを信用しきれていないのだと思われた。


「はは、それは無論のこと。御神鳥(ごしんちょう)よ、どうかご心配召さるな。」


 快活に答える若者。彼はオオトリのいくらか無礼な言葉も全く気にしていないようだった。

 オオトリの言う「おかしな気」とは、この集落で粛々と進められているとある行事を妨害することだった。

 とある行事。つまり贄を差し出すこと。

 若者が道に迷いながらも探し求めていた集落とは、オオトリが仕掛けた神聖の星を災いの前触れと信じて贄を出すことを議論していたあの集落だったのだ。

 自分の計画を妨げることだけはまかりならない。だからオオトリは若者に釘を刺していた。


――このような地に何用か知らぬが、手早く済ませよ……。そなたには一刻も早う妾の頼みを聞いてもらわねばならぬ……。――


 ここまでの道すがら、森を抜ける手伝いをする代わりに自分の頼みを聞けと持ち掛けて、首尾よく交渉をまとめたオオトリだ。彼女は約束通り彼の目的地であるこの集落へと送り届けたのだから、用事を早く済ませろと若者を急かす。


「そう、焦られますな。此度の交渉、わたしの見立てではどんなに早くともまとまるまでに十日はかかるのです。」

――十日……じゃと……?――


 その言葉を聞いて、思わず目を剝いたオオトリ。


(十日……?十日とは何のことじゃ……?まさか昼と夜が交互にやってくるのを(とお)繰り返すあの十日ではあるまいな……?)


「しかし話が拗れれば、その三倍の日をもってしても足りなくなるでしょう。しかし御神鳥よ。どうかこればかりはご理解いただきたい。」

――ふざけるでない!――


 オオトリは激怒していた。

 ただでさえ人の子の都合のために十日も我慢しなければならないと言われて困惑しているのに、その三倍でも足りなくなるかも知れないなど、とても承服できることではなかったのだ。


――十日じゃと?三倍じゃと?そなたいったい何の話をしておるのじゃ。それでは遅すぎる!そなたをここまで案内するだけでどれだけの時を費やしたと思うておる!?――

「しかし御神鳥よ――」

――ええい、黙り居れ!しかしも案山子(かかし)も無いわ!――


 激昂し喚き散らすオオトリ。しかし若者はそんなオオトリの感情を宥めるでもなく、淡々と自分の意見を述べる。


「いいえ御神鳥よ。仰せは御尤(ごもっと)もなれど、これは我が君より直々に賜った命を達成するためには必要なことなのです。どうしても待てぬと申されるのであれば、わたしは貴鳥(きちょう)との約束を反故(ほご)にせねばなりません。」


(ぐぐぅ……人の子の分際で妾に楯突こうとは……。)


 頭に血が昇ってしまったオオトリ。若者の説得にも応じられず、かと言って今回のミズチ弑逆(しいぎゃく)計画の鍵となるべきこの若者を切り捨てることもできず、歯噛みするしかない。


「……。ではここまでのようですな、御神鳥よ。道案内感謝いたします。貴鳥が何を頼むつもりだったのかは分かりませんが、残念ながらこれより先、我らに道は違えることになりました。しかしこれもまた天道(てんどう)の定めた運命と言うもの。どうか恨みなさるな。」

――ああ!いや、待て!待ち居れ!――


 オオトリは慌てた。若者の別れの挨拶が、まったくの本気であることを感じ取ったからだ。

 今こやつを失っては計画全体がムダになる。いや、それどころか何の用意もないのに贄を使ってあの荒神(あらがみ)ずれを呼び出してしまってはどうなるのだろうか。

 答えは簡単。オオトリはあれに逆らう術も持たないまま、またあの荒神の悋気に触れねばならなくなるのだ。


(何を慌てておる……。どうせ贄を使わねばあの荒神は出てこぬ。そして贄を出すのもまたこの集落……。まさか余所者が滞在しておる内に贄を差し出してしまうこともあるまいに……。)


 オオトリはそう考えなおした。そしてこうも考える。

 ――どうせこの若者がこの集落に用があると言うのならば、これもまた利用してやれば良いではないか……。上手くやれば、「特別な神酒」もこの集落に肩代わりさせられるもの……。


――ほ、ほほ……何を(はや)もうておる人の子よ……。妾が言いたいのはこうじゃ……。こうしている間にも人の世は刻一刻と荒廃へと突き進んでおる……。ここで手間取っては天下の大事に障ろうが故、早う用事とやらを済ませ妾に協力してたもれ……。――


 オオトリは言った。いかにも無理矢理に取り繕っただけの苦しい言い訳にしか聞こえないが、それでも彼女は臆せずにそう言い切っていた。

 だが、それでも若者はオオトリの言葉を信じた。

 オオトリが出会いバナに手前勝手に(うそぶ)いた「妾は天津神(あまつかみ)の中でも特に高貴な存在。妾は哀れな人の子の世に救いの手を差し伸べるべくこうして地上を奔走しておるのじゃ。」との自己紹介を全く疑おうとはしなかったのだ。


「は。そういうことでしたか。これはわが身の不明を恥じるばかりです。」

――ほほ……分かればよいのじゃ……。そなた、なるべく早く済むよう取り計らえよ……。――

「はは。」


 そうして姿の見えないオオトリに向かって頭を下げた若者は、彼女に一旦の別れを告げてからと集落へと向かって歩き出す。

 若者が用事のあったその集落の名はヨシノ――図らずも若者の生まれ故郷、ヤマト国ヨシノと同じ名を持つ集落だった。


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