第39節 運命
地の底のクニでは、ミズチが一世一代の勇気をもって侍女神に求婚してから――
「……え?」
予想もしていなかったミズチの告白に呆けた侍女神はそう聞き返すのが精いっぱいになっていた。
そんな侍女神の態度にもめげることなくミズチが言う。
「だからそなたには我の妻となって、我と共に生きてほしいと……そう申しておる。」
一度自分の想いを吐き出してしまったミズチ。そのお陰か、彼は緊張こそしているものの、いつもの冷静さを取り戻している。
「あの……それは……つまり……求婚、されている。と言うことなのですか?」
「うむ。き、求婚しておる。」
「わたくしに?」
「うむ。」
「……。」
そのまま黙り込む二人。
侍女神は突然の告白にうつむいて頬を赤らめ、ミズチはそんな侍女神の気持ちの整理がつくのを粘り強く待っている。この沈黙を打ち破るとすれば、それはやはり侍女神の役割なのだろう。
それから少し空いて――
「ミズチ様。」
侍女神が声を上げた。
「む。おう。」
侍女神の答えを知る時が来て、一層緊張を強めるミズチ。
一方の侍女神はごく真面目で、しかし憂いを含んだ表情でミズチに向き合って言った。
「あなた様はわたくしの名をご存じですね。」
「うむ。勿論じゃ。ククチであろう。」
応じるミズチ。まさかこれだけ長く一緒にいて、さらに求婚しようという相手の名を知らないなどありえない。だからミズチは当たり前のように答えた。
しかし侍女神はミズチのその答えを聞くと辛そうに視線を落として続ける。
「そう。わたくしは木樹土比売。木と土を司る神にございます。」
「お?なんと、そうであったか。」
侍女神は木と土の化身。ミズチには初耳だった。侍女神がそのような権能を持つ神であったとは。
そして少しだけ訝しむミズチ。――なぜ侍女神はこのタイミングで身の上話を始めたのか。
そんなミズチの疑問も余所に侍女神は語り続ける。
「そしてあなた様の名は火照美椎様。太陽神様より生まれ落ちた御子神であり、また燃え盛る火の神様でございましょう。」
「――っ!」
そう言われてはっとするミズチ。
ミズチは何も応えなかった。応えられなかった。
「お分かりになられましたか……。木と火は交わることができないのが世の定め。それはどこに言っても変わらない普遍の定理なのです。もしわたくしたちが無理に交わろうとすれば、わたくしの体はたちどころにミズチ様の火に焼かれて燃え尽きて消えてしまうことでしょう。」
「あ……いや……。」
適当な言葉は見つからず口ごもりながらもミズチはふと思う。――侍女神はすでに肉体の失われた存在。つまり亡者だ。そんな存在なのであれば火と交わってもあるいは大丈夫なのではないか。
しかしそんな確信のないことを軽々しく行って、もし侍女神の身に何かあったら、それこそこの身が朽ち果ててもなお後悔し続けることになるだろう。
「ミズチ様。そのお気持ち、大変嬉しく思っております。ですが残念ながら、その想いにお応えすることだけはできないのです。」
「そう……であったか……。いや……いやしかし……。」
ミズチはうなだれていた頭を上げた。何か方法があるのではないかと考えたからだ。しかしそんな都合の良い方法が、しかも確信をもてる方法なんてそう簡単に思いつくはずもない。結局ミズチは再びうなだれてしまう。
「申し訳ございません。わたくしが……木の神でさえなければ……喜んでお受けしたのですが……。」
侍女神もまたうつむいていた。
あの肝心なところでヘタレるミズチが精いっぱいの勇気で打ち明けてくれた自分への好意を袖にしてしまった。
嬉しいはずの気持ちを受け入れてならない運命。――それを思えばこそ侍女神もまた、それ以上は何も言えず涙を流すしかなかった。
そして二人の一日は終わった
――それ以来、侍女神は塞ぎ込むことが多くなっていった。




