第37節 求婚
なんやかんやと理由をつけて侍女神を散策に誘うことに成功したミズチ。
そんなわけで彼は侍女神を伴って道を征く。
「ふふ……この辺りもすっかりよい眺めになりましたね。」
「そうだな。」
「憶えておりますか?わたくしがここに来たばかりの頃は、ここはまだ人の手の入らない酷い湿地だったのですよ。」
「うむ。」
「国造りを始めたばかりの頃は人手を雇うだけの税も取れませんでしたし、あの時は本当に苦労しましたね。」
「そうだな。」
機嫌の良く散策を楽しむ侍女神。在りし日の苦労を知っていればこそ、この足元に広がっていたはずのかつての湿地の変貌ぶりが嬉しいのかも知れない。
「それでもあの頃のミズチ様の働きぶりと言ったらもう、あまりにすごいものですからあたりの農夫がこぞって見物やってきてしまって、ミズチ様が『見世物ではない!』なんて怒り出すものですから、せっかく掘った水路も地が揺れて壊れてしまったり……。」
「うむ。」
「……?」
どれだけ思い出話に花を咲かせようとしても気のない返事しかしないミズチ。
いつものミズチならもっときちんと話を聞いてくれるはず。不審を覚え始めていた侍女神は足を止めた。
「……ミズチ様?」
「そうだな。」
普段なら一緒に止まってくれるはずのミズチが、侍女神が立ち止まったことに気付くこともなく一人で先に進んでゆく。
「……こほん……。」
「うむ。」
ただの咳払いなのに、彼は何の同意をしたつもりなのか。
「ミズチ様!」
侍女神は怒鳴った。
するとすぐ後ろにいたはずの侍女神がいなくなっていることに気が付いたミズチは慌てて振り返りながら言う。
「な、なんじゃ!?脅かすな。急に大きな声を出してどうしたというのだ?」
「それはこちらの言葉です、ミズチ様。あなたの方から散策に誘っておきながら、さっきから上の空ではないですか。」
「ああ、いや。すまぬ……。そうだな……。」
素直に謝るミズチ。そういえば、侍女神がミズチを叱るようになったのはいつのころからだったか。
初め、ミズチが上だと思われていた二人の関係はいつの間にか逆転しているようにも思える。
「ミズチ様……。何か悩み事でもあるのですか。でしたらお話しください。今さら一人で悩むなんて水臭いですわ。」
長い時間をかけて互いに気の置けない仲になっていた二人のことだ。なのにどうして一人で悩む必要があるのかと侍女神は不満をあらわにする。
「悩みではない。悩みではないのだが……。」
「はぁ……。もうお帰りになられますか。わたくしもミズチ様もやるべきことを放り出して今ここにいるのですからね。」
「ああいや。それはいかん。ダメだ。それだけは勘弁してくれよ……。」
やっとの思いで連れ出したのに帰るなどと言い出されて慌てるミズチ。彼はもうこれ以上は引き延ばせないと悟り、ついに本題を切り出した。
「なあ侍女神よ。……わしがそなたを誘ったのは……その……折り入って話したいことがあったからなのだが……聞いてくれるか?」
「あら?ええ、勿論ですわ。」
「すまぬ……。」
「あら?謝るようなことなんですか?」
「いや!そんなことはない!そんなことはないぞ。」
「ふふ……。」
誤解を受けると一々慌ててくれるミズチがおかしくて笑う侍女神。それから話を聞こうとする。
だが、侍女神が話を聞く態勢に入ると今度は何に怖気付いたのか、ミズチが妙にそわそわし始めたではないか。
「その……なんだ……。」
「……?」
と、一向に話を切り出せずにいるミズチ。彼は散々に口籠った後一度後ろを向いて考えた。
(ええい。この臆病者め。こんな情けないやり方があるか!こんな柔弱なやり方では通じるものも通じなくなるわ!)
ミズチはそう自らを叱咤すると、くるりと向き直ると睨み付けるように侍女神を見つめる。
「侍女神よ!」
「あっ、はいっ。ミズチ様。」
ミズチの態度が急変したことに驚いた侍女神が驚きながら返事をしていた。
「わ、我はそなたが好きだ。その……あ、愛しておるのだ。だから……その……我と、夫婦になってはくれまいか!」
精いっぱいの勇気を振り絞って言いたいことを全部ぶちまけたミズチ。こんなに度胸を求められたことは彼の生涯で未だかつてないことだった。




