第35節 ミズチの朝
地上では復活したオオトリが何やら怪しい動きを見せ始めている。――しかしそんなことに気付くはずもないミズチは地中深くにある自らのクニで、長年にわたる因縁にけりを着けようととある決心をしていた。
(よし。我はやる!やれるのだ!やってやるぞ!)
これでもう何回目の決心だろうか。
侍女神に自分の想いを伝える。――そんな簡単なことをするためだけに一体どれだけの精神統一が必要なのか。図体の割に意外と小心なこの三つ首二つ尾のウワバミは、夜通しそんなことを繰り返していたのだ。
「おはようございます。ミズチ様。」
「うおっ!」
突然のあいさつに驚きうろたえるミズチ。知らない間に侍女神がすぐそこに来ていたのだ。
「なんですか。そんなに驚いて。あ。また何かやましいことでもなさっていたのですか?」
「そ、そんなわけなかろう!ただちょっといつの間にか朝になっていたので驚いただけじゃ。」
いつもならば「また」と言われたところに引っかかって反論していたミズチだったが、今日ばかりはそんな些末なところを気にする余裕もない。
「まあ。徹夜なさったのですか?いけませんよ。いくら地上を覗くのが面白いからと言って夜通し覗くなんて厭らしいことを……。」
厭らしい――以前弁解して納得してもらったはずの地上覗きの趣味ではあったが、それでもあまり快く思ってはいなかったらしい侍女神はそんな言葉をポロっと吐いてミズチを嗜める。
「や、違う。別に地上を覗いてなどおらん。」
だがいつもならともかく、今朝のミズチは潔白だ。なぜなら昨晩の徹夜は偏に侍女神のことだけを考えてやらかしてしまったことなのだから。だから彼は慌ててはいてもやましい気持ちなど微塵もなく侍女神の思い違いを否定する。
「あら、そうなのですか。では何をなさって徹夜など?」
「そ、それは……。」
言葉に詰まるミズチ。言えるわけがない。侍女神に想いを伝えるために一晩中決心を繰り返していたなどと。
「やっぱり覗きだったのですね。」
ミズチが弁解できなかったばかりに、覗きで徹夜したと断定する侍女神。
「いや。それは違う。違うのじゃ。信じてくれ侍女神よ。我は断じて潔白。」
「ふふ……。いいのですよ。そんなになって否定なさらなくても。ただ、わたくしがそういうことを嫌っているというだけのことなのですから。」
「だから違うのじゃ。我は決してそなたの嫌がるような行いなど――」
こうして始まったとある一日。
しかしミズチのこの一大決心が侍女神に思わぬ苦悩をもたらすことになるなど、この時のミズチが知る由もないことだった。




