第33節 ミズチと不思議な鏡
「ほう。これはなかなか。」
最近、暇を持て余すことが多くなっていたミズチはとある趣味を持つようになっていた。
それは覗き。
――と言っても別に侍女神の入浴をこっそり覗き見するようなそういう意味での覗きではない。
ではなんなのかと言うと、それは鏡だった。ミズチは自身がここに来る前から神殿に安置されていた鏡を通して地上の出来事を覗くことが多くなっていたのだ。
かつて小山のようだったミズチの体も日を追うごとに小さくなり、今では神殿に首を突っ込むことができるぐらいまで縮んでいる。昔のミズチであれば皆と一緒に、鏡を通して地上の様子を見ようにも、そもそも神殿に入れず一人さみしい思いをしていたものだが、こうして首を突っ込めるようになると鏡の機能の面白さにすっかり虜になってしまっていたのだ。
体が萎むということは神威が失われているということでもあり、ミズチは密かにそのことを気に病むこともあった。だが怪我の功名とでも言うべきか、体が小さくなったことで思わぬ楽しみが見つかってミズチは神威の喪失の悲哀などすっかり忘れ、ご満悦になっていた。
「ミズチ様。お行儀が悪いですわよ。」
神殿に入ってきた侍女神が叱った。
「むう。そう言うな。そなたらはもう飽きてしまったかも知れぬが、我がこの鏡を見られるようになったのはつい最近だ。もう少し楽しんでもよかろう。」
「そういうことを言っているのではありません。覗きなんて厭らしい真似はお止めくださいと申しているのです。」
「の、覗きなどしておらぬ。」
失礼なことを言うな――とミズチは慌てて首を引っ込めていた。そんなスケベ心で鏡を使っているなどと思われていたらたまらない。
「では一体何を見て――あら?」
侍女神はミズチの見ていた鏡を覗いた。そこに映っていたのは地上にある人の子の集落。どこにでもありそうな集落の何でもない日々の営みの様子であった。
「これは?」
「うむ。人の子の集落じゃな。」
「なぜこのようなものを?」
「なぜって、それは面白いからであろう。」
「面白い、ですか。」
「うむ。面白いな。人の営みはかくあるものなのかという発見があって、どれだけ見ていて見飽きが来ぬ。特に子どもがいい。あれらは何をしでかすか分からぬから一瞬たりとも目を離せぬというものだ。」
「ふふ……。ミズチ様は子どもがお好きなのですね。」
「そんなことは考えたこともなかったが、もしかしたらそうなのかも知れぬな。」
なぜか嬉しそうな侍女神の問いに答えるミズチ。
「というわけじゃから、もう少し見ていてもよかろう。」
自らの潔白が証明できたことで再び鏡を覗こうとするミズチ。
「いいえダメです。せっかくのお夕餉が冷めてしまいますわ。」
侍女神が怒った。彼女はいつまで経っても夕餉の席にやってこないミズチを呼びに来たのであった。
「だがもう少し――」
「ダメです。さ、早くいただきましょう。これ以上待ってしまっては美味しく頂けなくなりますから。」
ぺちぺちとミズチの首を叩きながら部屋から出るよう促す侍女神。
ミズチは仕方なく鏡を諦めて夕餉の席へと向かうのであった。




