第29節 神器変態
「ミズチ様。力を移したこの三つの器はどのように扱いましょうか。」
祭壇にほったらかしになっていた神器を案じた宰相がミズチに訪ねていた。
「ううむ。そうじゃな。まあ、そこら辺の倉庫にでも適当に転がしておけばよかろう。」
「いや、そういうわけには……。」
宰相は絶句した。
「ダメか?」
「いやあ、ダメと言いますか……。」
何といい加減な回答であろうか。
宰相は常々悩んでいたのだ。たまにこういう事を平然と言ってのけるミズチを諫めるべきなのか、と。
自分の神威を封じた神器。言ってみれば己の分身のようなものを適当に転がして桶などと……。
このような大事を小事の如く扱うことができるのはミズチの持つ王者の貫禄の成せること言えないこともないのだが、かと言って彼の言うことすべてを受け入れていたら到底クニは成り立たない。
見ようによってはただのずぼらでしかないミズチの大物ぶり。どうすれば彼の貫禄を殺すことなく、ずぼらを諫めることができるのか。
答えが見出せず宰相は口籠っていた。
「神殿に安置するのがよろしいのでは。」
そこに口を挟んだのは例によって侍女神だった。
感謝してもしきれない。そう宰相は思っていた。彼女は宰相が対応に窮するといつも助け舟を出してくれていた。自分が宰相として一定の評価を得られているのは彼女の功によるところも大きいのだ。
「おお。そなたがそういうのであればそうしよう。」
嬉しそうに同意するミズチ。ミズチは侍女神の提案であれば何でも素直に聞いていた。
傍から見ればミズチの侍女神に対する好意が駄々判りなのだが、本人はあれでも気付かれていないつもりらしかった。
「それにしてもこれ。仮にも本物の神器なのですよね。」
「仮にもとは何じゃ。これは立派な正真正銘の我が神器であろうが。」
神器の質素さに疑問を感じていた宰相が漏らしたその疑問にミズチはむっとしながら応えていた。
しかし宰相の疑問も当然のことで、ミズチの神器として選ばれたのは牙、柴、髪の三点。どう贔屓目に考えても、これを宝としてありがたがるのは未だ独自の価値観を失っていない幼子ぐらいのものだろう。
「ああ、失礼。……この神器なのですが、その……あまりにも……何と言いますか……。」
つい本音が漏れてしまったことをどう取り繕おうかと間誤付く宰相。
よっぽどのことでもない限り、ミズチが本気で怒ることはないと分かってはいたが、それでも序列というものがある。宰相がミズチの臣下である限り徒に怒らせるようなことを言うべきではないのだ。
「なんじゃ。はっきりせぬか。」
「ふふ……。」
どこまでも素直なミズチの催促に宰相が窮していると、助けを出してきたのはやはり侍女神だった。
「宰相様、あれなる神器をよくご覧くださいな。」
そう言って彼女が指し示した先には例の祭壇だった。
いくらか遠い場所にあるその祭壇に皆で向かうと宰相は驚きの声を上げていた。
「あっ。」
その祭壇に置かれているのは神器。しかし牙、柴、髪束だとばかり思っていたのが、それぞれ剣、弓、琴のような形が変わっているではないか。
「これもまた神威の成せる業なのですよ。」
「いやあ……。何ともこれは……。」
教え諭すような侍女神。しかし宰相は感心しきりで満足に言葉も出て来ないようであった。
「神器として生まれ変わったばかりですからまだ形は拙いですが、ミズチ様ほどの力を移された神器であれば、時と共にまた素晴らしい物へと変じてゆくことでしょう。」
「どうじゃ。我もなかなか大したものであろう。」
何とも得意気なミズチの自賛が宰相を襲っていた。
「いやあ……はい……。これは大変に御見逸れいたしました。」
肯定なのか否定なのか。はっきりしない返事をした人の子の宰相は、神の御業の一端を目にして感心するばかりだった。




