第28節 人の子との邂逅
不遜にも妾を凝視して憚ることのない何者かがそこにいる。
夜の帳が支配する乾いた森の中、ヤマドリ共とも違うその視線に気づいたオオトリは輝きを強めてその気配の正体の姿を見破ってしていた。
(何者かえ。)
オオトリはその正体を見極めた。人の子だった。それも二人。
あれでも隠れているつもりなのか。体は茂みの影に置いてあるにもかかわらず、ひょっこりと突き出した頭のせいでまったく隠れることに意味を成していなかった。
何とも滑稽なことではあるが、畏れ多くも自分の姿を勝手に見ようなどとオオトリには許しがたいことであった。
(なんと分際を知らぬ下郎どもめ。思い知らせてくれよう。)
たった今も目が合っている。しかしこちらの視線に気が付いていないはずがないその二人は、オオトリを見つめたまま微動だにしようともしていなかった。
(惚けておるのか。)
痴れ者か――ぼうっとしたまま表情一つ動かさずにいる人の子に不快を覚えたオオトリはその力を以て二つとも焼き捨ててくれようと翼を広げていた。
(……。)
そのまましばし。オオトリは動かなかった。
不可解なことがあるもので、初め見られていたのは確かにオオトリの方なのだが、今となってはなぜかオオトリの方があの人の子らから目が離せないような気分になっていた。
それがなぜか、オオトリには分からない。
やや離れたところから変わらずに惚けたようにこちらを見つめているのは、みすぼらしい格好をした人の子だ。どこぞで転びでもしたのか、その顔は泥だらけで乱れた髪には枯れ葉が絡んでいる。
あの様子では、オオトリの興味を惹き付けるような物を持っているようには見えなかった。どう見ても小汚いだけの平民か下民に過ぎない。それでも目を離すことができない何かを持っているような気がしてならなかった。
オオトリは折角広げた翼を再び収めていた。
(……いや。まあ、よかろう。所詮は幼き輩のすること。大目に見てやるのも貴き者の務めよなあ。)
オオトリは自分の中に芽生えていた興味は自らの高貴の心から来るものと考えた。
オオトリを見ていた人の子はまだ幼き者だった。
オオトリはまだ碌に礼節も知らない齢にしか見えないその人の子らを、罰することは自らの高貴さに傷を付けることだと考えていた。
(ではさらばじゃ、人の子よ。妾の姿をその瞳に収めた幸運。生涯忘れるではないぞ。)
オオトリは再び翼を広げた。そしてそのまま一羽ばたき。
バサリというよりもふわりと形容すべきその柔らかな羽ばたきは、それだけでオオトリの体を森の木々の上まで押し上げて、もう一羽ばたきで天空高くに舞い上げていた。
そこに舞い落ちる一片の尾羽。
後に残されたヤマドリ共は主の出立に気付くと慌てて後に続いてバサバサギャーギャーと、けたたましく飛び上がってゆく。
(ほほ……何とも面白き童どもよ。)
オオトリは上空で例の人の子らを眼下に収めると、初めて経験する奇妙な気持ちに興味を抱いていた。
この気分は何であろうか。あれらを見れば見るほどに腹が立って仕方がないのだが、同じ大きさだけ胸が温かくなってゆくようにも思える。もう会うこともあるまいが、なんとも面白き経験であった。
オオトリはこの気分の正体が掴めないまま、惜しむ気持ちもそこそこに月の輝く方へと向きを変えるともう一羽ばたき。そのまま彼方へと飛び去って行った。
そして、最後までそこに残されていたのは幼き二人の人の子だけだった。彼女らはオオトリの飛び去る背が芥子粒の大きさになってやがて消え去るまでただ茫然としたまま見つめ続けていた。




