第21節 兄の想い 妹の想い
「去ったか……。」
ミズチは彼方へと飛び去ったオオトリのことをいつまでも考えていた。
これで心根を入れ替えてくれればよいが、あれが素直に改心するとは思えない。
今一度あやつと相対さねばなるまい。
「やや。いかん。」
視線を落としたミズチは慌てた。
辺りを見渡せば一面が火の海になっている。森は焼け、野は裂け、山の頂きからはドロドロになった岩が流れ出て礫が弾け散っている。
「やってしまったか……。」
彼方では人の子と思しき影が逃げまどっている。いや、人の子だけではなく森に暮らすケモノ、野に暮らす虫、この地に住まうありとあらゆる者が燃え盛る火から逃れようと駆けずり回っている。
「人の子らよ、すまぬ。我にはどうすることもできぬ。」
そう謝ってみても人の子らには恐ろしげな咆哮が聞こえただけだろう。
偉そうに生命の尊さを語っておきながら自分とてこの体たらくだ。ミズチに一度燃え広がった炎を抑える力はない。彼らを助けたくともどうすることもできない。
人の子らは川を盾にして、迫りくる赤く焦げたドロドロと炎だけはどうにか防げているようだ。
人の子のクニを滅ぼすつもりなどないと言った手前、あの宰相殿にも申し訳が立たん。
「ああ、気が重い。宰相殿になんと詫びればよいか……。」
それでも謝らねばなるまい。詫びの言葉を考えつつミズチはありもしない肩を落として地の底へ潜って行った。
兄神の姿が見えなくなる程に離れるとようやく地に降り立った。
「うぬう……。あの兄神め。よくも妾の身体に傷を。」
乾きかけた血糊の翼を広げて確認する。兄神の怒りに呼応したように大地が破裂し炎が噴き出した。弾き飛ばされた礫の一片がただの一度、羽根をかすめただけであったが治すには相当な力を使わねばならぬほどに傷が深い。しかしそれでは天に昇る前に神威が失われ、ただのヤマドリの如き存在となってしまう。
「口惜しいが、一度眠らねばならぬか……。」
眠りに入れば力の損耗が抑えられ、時に任せて傷を癒すこともできる。
「見ておれ。必ずやこの雪辱を晴らしてくれよう。」
また復讐の相手が増えてしまった。
しかし、兄神の力は強く、一筋縄ではゆくまい。
それが分かった今、新たな策を練らねばならぬ。
そんなことを考えながらオオトリは目を閉じる。
(見ておれよ、八十神と兄神め……。妾に逆らう者がどうなるか思い知らせてくれる。)
そしていつか展開に復帰し、母神と並び立つ存在に。
オオトリはその日を夢見ながら眠りについた。そのためには手段を厭わない覚悟を胸に秘めながら……。
こうして、太陽神の産み落とせし二柱の兄妹神の邂逅は終わった。
しかしこれで終わりではないことは、双方が承知していることでもあった。
再び相見えんその時のため、二柱の兄妹神はそれぞれの方法で力を蓄えるのであった。




