第20節 天地邂逅
ついにその時はやって来た。
やって来てしまった。
災厄の大神が咆哮と共にその恐るべき姿を現すと、終焉の到来かとも思えるほどに大地は鳴動し、轟雷は万落した。
裂けた山頂からは生けとし生ける者の生命を無慈悲に奪い去る粘炎が流れ出し、礫炎が宙を飛び交い、地上のすべてはたちまちの内に臙脂色の輝きに染め上がってしまった。
森の木々は焼かれて黒炭と化してもなお炎を上げ続け、野に活路を求めた数多の生命もその熱と立ち込めた煙でバタバタと倒れてゆく。
そんな中にあってただひとつ、悠然と空高くを舞い続けるモノがあった。
大鳥だ。
「兄上。兄上よ。妾のことを覚えておるかえ?妾は兄上のことを片時たりとも忘れたことはなかったぞえ。」
災厄の大神の巨大な三首の高さまで舞い上がった大鳥は大神にそう語りかけた。
大神はその燃え盛る計六つの眼で大鳥の姿を認めると今までの比ではない強大な咆哮を上げた。
大地が揺れては裂け、そこから火柱が次々と吹き上がる。
そして大神は、三つある顎のすべてをあんぐりと大きく開いてみせると、大鳥に向けて次々にその顎を繰り出していった。
(なんじゃ?どうしたというのじゃ?)
大鳥はその牙をひらり、するりと躱すと一度天高くに舞い上がり、頭上から再び大神に呼びかけた。
「兄上よ。妾じゃ。妾のことが分からぬのかえ?」
「……。」
「兄上!」
大鳥の必死の呼びかけに沈黙を保っていた災厄の大神はついに口を開いて答えた。
「……大鳥か。」
「そうじゃ。妾じゃ。兄上。妾はそなたの妹神、大鳥じゃ。」
自分の正体に気付いてくれたと安心した大鳥は再び高度を下げ大神の目線高のあたりを旋回し始めた。
「そうか……ならば!」
大神はそう言うと再び大鳥めがけてその牙をお見舞いした。
「兄上……やはり妾のことを忘れてしまったというのか。」
迫りくる牙を幾度でも華麗に回避しながらも、大鳥は大神の荒々しい態度に失意を覚え始めていた。
そして、そんな大鳥の失意を見透かしたかのように大神は言った。
「……分かっておるわ。うぬは我が妹神、シデノトリフネであろう。」
「シデノトリフネ……?」
それは誰のことじゃ?とオオトリは訝しんだ。
――あれは確かに妾を指して妹神と呼んだ以上、ヒト違いをしているということではなかろう。あれには妾を置いて他に妹神などいないはず。それならば呼ばれたその名には意味があるはず。それはどういう名であろうか。
大鳥が考えを巡らせているとはっと思い浮かぶ言葉があった。
死を運らし出でる鳥のように空翔ける船。
「死出鳥船!なんとおぞましき名を!兄上!それはあまりではないか!」
いくら冗談にしても過ぎる。それでは真の呪いではないか。
「黙れ!うぬにこそふさわしい名であろうが!」
大鳥は距離を取るように大神の頭上を旋回し抗議したが、大神は取り合うことなくその首をグンと伸ばしては再び大鳥に咬みついた。
「うぬは……うぬは生命の尊さを何だと思っておる!」
「何の話じゃ。わらわには屯と分からぬ。」
大鳥は大神の牙の届かぬ高さへと舞い上がるが、その都度大神はその長い首をさらに伸ばしては大鳥の羽根を掠めていた。
「白を切るつもりか!」
大神は大鳥のその悪びれない態度にいよいよ激高した。
「ならば教えてやる!うぬは天界にて侍女神を殺め、そしてまた、今度は下界にて人の子を殺めたな!」
大いなる憤怒の炎をその瞳に宿した大神は続ける。
「うぬは自分の都合のために、一体どれだけの生命を奪ったのだ!」
「分からぬ!妾には兄上が何を言うておるのか分からぬ!」
侍女神?人の子?何のことじゃ?あれは何のことを言うておるのじゃ?
「この期に及んでまだ言うか!」
大神が吼えるたびに大地が揺れ、山がはじけ、至る所から炎が噴き出し、夜にもかかわらず辺りは煌々と赤い光に照らされて、どんよりと立ち込めた雲も赤く禍々しき明かりに照らされていた。
これはいかん。あれは猛り狂うた荒神じゃ。とても話が通じる手合ではなかった。
(呼び出すべきものではなかったのじゃ。)
オオトリはそう考えると、ミズチに背を向け彼方へと飛び去る。
「逃げるか!」
馬鹿な。あのような手合とても相手しておられん。
大鳥は兄神だと思っていたそれの言葉に耳を貸すことなく飛び去って行った。




