第18節 答えを得た者
ミズチは気を失った侍女神を、人を使って宮殿に運び入れると、自身は宮殿の外から侍女神を見守っていた。
(我は何ということをしてしまったのか。)
自分が軽率なことを言ってしまったがために侍女神を死に追いやってしまった。
もう彼女の柔らかな手に触れることもできなければ、温かなぬくもりを感じることもできない。
涙を知らぬミズチの瞳は、涙の代わりに彼の苦しみをあらわすかのように赤く赤く燃え滾っていた。
眠り続ける侍女神の看病は来たばかりで右も左も分からぬ宰相に任せているが、元が優しい性格なのか宰相は不平一つ言わず彼女を看病している。
(それにしても分からぬ。)
宰相がもたらした神託と祝詞。
あれらはすべて我が妹神が差し向けた元であろうということは何となく分かる。
(しかし何故じゃ。)
妹神は我に先んじて天界に昇って母神の元におるのではないのか。
それが何故地上に降り立って、あのように不出来な祝詞を人の子に授ける必要があったのか。
ミズチは侍女神を見守りながらそんなことを考えていた。
そしてしばし――侍女神が目を覚ました。
彼女は落ち着きを取り戻しているようで、自分が眠っていた間のあらましを聞いた後、今度は自分の話をぽつぽつと語りだした。
「そう。わたくしはあの時、オオトリ様の火に焼かれて死んだのです。」
「オオトリに!」
オオトリ。オオトリとは確か、我が妹神の俗称のはず。我が妹神がそのような暴挙に出たというのか。
ミズチはとても信じられないと驚きながらも、侍女神が続きを語るのを待った。
「はい。その日、オオトリ様は何をしていたものか、太陽神様のお部屋におられたのです。わたくしは御神饌を捧げるため部屋に赴いたのですが、そこで……。」
「むうう……。」
ミズチが大きく気持ちを動かすたびに、地が鳴っては止むことを繰り返している。
ミズチはこのままではいずれこの地が崩れ去ってしまうという危機感を抱いたものの、すぐに対策を打つことはできず、せめて何を聞いても平静であるようにと務めた。
そんなミズチの考えを知る由もない侍女神は地鳴りが収まるのを待ってから続けた。
「オオトリ様はひどく慌てた様子でした。わたくしの姿を見ると『これはそなたがやったことじゃ。妾が母神に成り代わり罰してくれよう。』と言って……。」
それ以上言葉が続かないようだ。
「そなたを火にかけたのか。」
ミズチの言葉にこくりと頷く侍女神。
ミズチは思った。
――我が妹神がそのような愚かなことをするとはとても思えぬ。
しかし、侍女神が嘘を吐いて妹神を貶めるなどとはもっと思えぬ。
妹神と侍女神、この二柱が共に天界にいたのは間違いないだろう。
しかし今やその二柱とも天界から去り、一方は地上へ、もう一方は死者の地へと降り立っている。
そして我に会いたいと使者を寄越した妹神。侍女神の証言。――
(そうか。)
合点がいったミズチはうつむき嘆いたままの侍女神の姿を見てミズチの中でとある決意が固まった。
「宰相殿。うぬの神託の云うところの災厄の大神とやらはどうやら我のことのようじゃ。」
「え?では――」
「すまぬが話はあとじゃ。我は直ちに我が妹神と会わねばならぬ。」
「侍女神よ。気をしっかり持つのだぞ。我はすぐに戻る。」
「……。」
宰相の話を遮ったミズチは侍女神に向き直ってそう告げたが、侍女神はうつむいたまま答えなかった。
「宰相殿。ここに来たばかりのうぬに頼むのは気が引けるが、この侍女神の傍に居てやってくれぬか。」
ミズチはその侍女神の様子を見てやはり放っておくのは不安だと思ったのか宰相にそう依頼する。
「それは構いませんが、あなた様は何をなさるおつもりでしょうか。」
「我は地上に赴きてせねばならぬことができた。」
「わ、我らのクニはどうなるのですか。」
災厄の大神が地上に上がって一体何をする気なのかと心配した宰相は色めきたった。
「安心せよ、宰相殿。我は人の子のクニを滅ぼすつもりなど毛頭ない。」
それきり話を打ち切るとミズチは振り返ることなく、かつて自らがこの地へ降り立った際に掘り進めた地上へと続く洞穴を遡って行った。




