第113節 後日談(二)
兄神・ミズチ。
艶やかな黒髪を肩ほどまで伸ばした青年。
6尺を優に超える長身痩躯の優男で、涼し気なから目元を一層引き立たせるのは、鬼灯のように真っ赤な瞳。
地底に築かれた死者のクニ・ネノクニの開祖。
妹神・オオトリ。
まだ子どもとは言え、見た者すべてが将来を嘱望したくなるような整った外見に勝気な瞳。
髪は鮮やかな緋色で縮れがちなその髪を、まとめて結い上げている。
生前の罪科により、ただいま謹慎中。
性格はまったく違えど、美男と美少女と言って差し支えのないこの兄妹神は、今日も今日とて、変わらない日々を過ごす……はずだったのだが――
「オオトリ!」
「ひえっ!?」
バンッ! ――と、ノックもせずに部屋の戸を勢いよく開けて入ってきたのは、例によって例のごとく、オオトリがこの世で最も毛嫌いしている人物の一人・ムジナだった。
「なんじゃそなたは! まいどまいどわらわのゆるしもえずにズカズカとふみ入ってきおって! きょうというきょうは――」
「そんなこと言ってる場合か! 来い!」
「なっ!? い、いたい! ちょ、まて! そんなにひっぱったら――」
碌にケンカもせずにオオトリを引っ張って部屋を出たムジナ。
こうしてオオトリは、訳も分からないままムジナに連れられて、部屋をあとにしたのだった。
「ええい! いたいわ! いいかげんはなさぬか!」
「連れて来た」
ゴネるオオトリを連れたムジナがやって来たのは宮殿・鏡の間だった。
「おう。来たか」
そしてそこに待っていたのはオオトリの兄・ミズチ。
他にも侍女神と宰相がいて、ようはいつもの面々がそこに集まっていたのだ。
「ふん! わらわをむりやりこんなところへつれ出しおって。そなた、いったいどういうつもりじゃ?」
オオトリは相変らずのふてぶてしい態度で尋ねた。
「実はお前に頼みがあって――」
「ことわる」
話も聞かずに断ったオオトリ。しかし依頼主がムジナではそれも仕方のないことで。
「なぜわらわがそなたのたのみをきかねばならん? わらわはそなたにかしこそあれ、かりなどないはずじゃが?」
と、悪びれもせずそんなことを言ってのけるオオトリだ。
己が野心のために散々人の命を弄んでおいて、よくもまあそんなことが言えたもの。
しかしそんな彼女の被害者の一人ムジナは、そこをグッと飲み込むと、
「これを見ろ」
ムジナは鏡を見ることを勧めた。
「お前、この娘に見覚えがあるだろう?」
「……ほ」
最初は視界の端に捉える程度に見ていたオオトリ。しかし、鏡に映された者が誰なのかに気付くと、
「なんじゃあのむすめ、死におったのか?」
「……」
ムジナは痛恨の表情をもって答えとした。
そう。そこに映し出されていたのは、ムジナが最後に行動を共にしていたヨシノ国の姫君・ヒムカイの息絶えた姿だったのだ。
「お前ならあの娘を救える。そうだろう?」
「ほほ……そういうことか……」
得心したオオトリはスゥと目を細めた。
確かにオオトリは焼け果てた野から芽吹く新芽のように、死からの生を司る者。
本領はあくまでも転生だが、死してからまだ半刻と経っていない今の状況ならば、蘇生も可能だ。
「お前もあの娘のことだけは気にかけているんだろう? だったらここは一つ――」
「じゃがことわる」
しかしオオトリは、ムジナの言葉を最後まで聞かなかった。
「いったであろう? そなたのたのみをきくぎりはない。わらわがあのむすめを気にかけておる? ほほ……おかしなことをいうものじゃ。たかが人の子一ぴき、わらわのどうなろうとしったことではない」
ムジナの切実な願いを嗤い飛ばしたオオトリは、席を立ったのだった。




