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【完結】神殺しの皇女外伝 -神代記-  作者: 埼山一
第四章 地底
111/114

第111節 終焉

 ムジナは首から玉飾りを外すと、ただ一本だけ残っていた矢の先端にぐるぐると巻き付けた。


「……オレらしくないな」


 未練たらしいことをしようとしている自分に気付いて、思わず笑みが零れたムジナ。

 彼はその矢を生弓につがえると、こう念じた。


生弓(いくゆみ)よ。オレの想いをこの玉に乗せた。見事妹の元へ届けてくれよ」


 そうして放たれた矢は空を裂き、そして見えなくなった。


「さらば、妹よ。願わくば善き出会いがあらんことを。幸せに生きろ」


 成すべきことは全て終わった。――そう悟ったムジナはネノクニへと続く坂を下って行ったのだった。




 それから――


「おう、遅かったではないか」


 彼方からこちらに向かって歩いてくる人影を認めていたミズチは、彼が自分の前に立ち止まると先に声をかけていた。


「坂を下る途中でオオトリから貰った体が腐り始めた。ああなるともう動くこともままならないから魂だけになるのを待ってたんだ」


 と、事情を説明したムジナ。

 こうして自らの意志でこの地に帰ってきた彼は、すっかり死者のクニの住人となっていた。


「まったく。あの体、作り物のくせに魂が抜けるのにやたらてこずった。抜けきるまでそこを動けないもんだからもう臭くて臭くて……あんなのはもう二度と御免だな」

「はっはっ、それは災難だったな」


 ミズチは思いがけず知らされたムジナの苦労話を笑った。


「ところであれは?」


 話題を変えたムジナ。

 ミズチの後ろには最近掘ったらしい穴があって、その中に妙に悪臭を放つ生ゴミのような塊が転がっていたのだ。


「ああ、あれか。あれはな……我が妹神(いもうとがみ)よ」

「妹……てことはオオトリなのか? あれが?」


 憂い表情で答えたミズチに、驚きの表情を見せたムジナ。


 その塊は、良く観察してみれば確かにオオトリだったかも知れない。

 ただし、羽根はぼさぼさと方向が定まらずあちこちが抜けてしまっていて、肉もぐずぐずに腐ってただれ堕ちてしまっているが。

 しかも、今一体どんな姿勢になっているものなのか、翼も脚も首も、関節のあらゆる所が曲がってはいけない方向に曲がってしまっているように見えるのだ。


「あやつめ、いつまでたっても己が死んだことを受け入れようとせぬ。受け入れてしまえば楽になれるものを。おかげで臭くてかなわん」


 ミズチは苦々しく言った。


 死を受け入れてしまえば肉体は速やかに滅び、塵となって消える。

 だがそれが出来ないと、ああして肉体が腐るに任せるしかないのだ。


「……いやじゃ……わらわは……死にとうない……」


 塊から、確かに聞き覚えのある声が聞こえていた。

 肉体が腐って動くこともままならず、地べたに這いつくばりながらもなお己の死を受け入れようとしないその姿は、憐憫と嫌悪を同時に想起させる。


「いいのか? 放っておいて」

「構わん。これだけ離れているおれたちですら臭うんだ。これだけ臭ければ、自らの悪臭に耐えきれず死を受け入れるだろうよ。それまでの辛抱」


 ミズチは気丈に言った。

 これも散々他者の命を弄んできた報い。自分の何が悪かったのか考える機会になれば、とミズチは思っているようだった。


「それよりも宴だ宴。盛大にやるぞ。何しろおれにまた一人、代えがたい友が出来たのだからな」

「友? ほう。オレがいない間にお前と友になるような奇特な奴が来たのか?」

「貴様……そう言う態度は可愛くないぞ。仮にも一国の王が友だと言ってやっておるのだ。少しは謹んで承ったらどうだ?」


 こうしてミズチとムジナは宮殿へと向かって行ったのだった。




 そして、この場に一人残されたオオトリは――


「……いやじゃ……わらわは、天に……のぼって……ははうえぇ……」


 彼女は誰に言うとでもなく己が願望を言い続けていた。




-了-


以上をもって「神殺しの皇女外伝 -神代記-」本編となります。


一二話ほど、後日談が続きますので引き続きよろしくお願いします。


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