第110節 ムジナとオオトリ(四)
ムジナは琴を持ったまま大地の裂け目に近づくと、そこで引っかかって落ち切れずにいたオオトリを見下した。
「おのれ、人の子の分際で……! よくも……よくも妾を見下ろしてくれおったな!」
憎しみの感情をあらわにするオオトリに、ムジナは再び琴を構えた。
やれやれ。あと一回しか使えないってのに……
一向に反省しようとしないオオトリに、一切の憐憫など感じないムジナ。
この琴、ミズチの言葉通りだとするともう一度使えば壊れてしまう。
しかしここにオオトリを放置しておくわけにもいかない以上、使わないと言う選択肢は存在しないわけで。
「やめよ。それ以上鳴らしてはいかん」
ムジナが再び琴を使おうとしているらしいことを察したオオトリが、バサバサと翼を鳴らしもがきながら喚き散らしていた。
「やめ――」
そこで再び鳴り響いたばらんという何の情緒もない琴の音。
すると大地の裂け目が広がり、手がかりがなくなったオオトリの体は奈落の底へと真っ逆さまに落ちて行き――
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――」
彼の鳥の断末魔の悲鳴だけが、いつまでも反響したのだった。
「終わった……」
全てのことに片が付いた。そう悟ったムジナは、誰に言うとでも天を仰いで呟いた。
オオトリが消えたせいか、彼の体を燃やし続けていた炎もきれいさっぱり消えている。
しかしそれで一安心と言うわけにもいかない。
オオトリが死んだ今、あの鳥に与えられたこの仮初の肉体も間もなく朽ちるからだ。
「黄泉帰りか……そんな奇妙なこと、所詮凡人のオレには縁がないってことか」
生き返ることはできなかったと言うのに、不思議と晴れやかな気分のムジナ。
ただ、心残りがないのかと言えば、そう言うわけでもなく。
妹よ……結局、別れも言えなかったか……――思い出されるのは年の離れた妹・クシナダのことだった。
忙しい両親に代わって小さい頃からずっと面倒を見続けていたたった一人の妹。あの引っ込み思案の妹のことがどうしても気にかかるのだ。
間もなく冥府の住人となってしまう自分には、妹のために残してやれる物は何もないのだろう。
しかし、せめてあと一つ。どんな些細なものでもいいから最後に何か送ってやりたくて――
ちゃり……
ムジナは自身の首にかけられていた玉飾りに気付いた。
それは、ムジナが生前から使い続けていた玉飾りだった。
これはムジナの魂を仮初の体に繋ぎ止めておくためオオトリがわざわざムジナの遺体から盗ってきた物。
決して体から離してはいけない。もし離せば、その体はたちどころにただの骸へと変わるだろう。と、言われていたのだが……
「ふふん……あの鳥も一つぐらいは善いことをするじゃないか」
そう独り言ちたムジナは、何の迷いもなくオオトリの警告を無視して、その玉飾りを外したのだった。




