第109節 ムジナとオオトリ(三)
全身に火が回っているムジナは、そんな事実はないかのように振舞うと、隠してあった建琴を取り出した。
(なんじゃあの琴は? この期に及んで何があると言うのか?)
それを見て訝しんだオオトリ。
剣や弓ならばともかく、今琴を出す意味はないはず。
間もなく燃え尽きるであろう己の肉体の限界を悟り、最後に風雅志向に走ろうとでも言うのだろうか? ――いや。違う! あれは!
「や、やめよ! その琴、決してかき鳴らすでないぞ!」
どうにも嫌な予感がしたオオトリはムジナに強く命令した。
あの琴もまた、邪神が生み出せし神器の一つなのだろう。
今オオトリが持っている剣に比べれば矮小としか言いようのない神威しかなかった弓ですら、あの威力だ。
ならばあの琴も……。
「やめよ。それは決して鳴らしてはいかぬ物。とりあえず落ち着いてそれを下に置くのじゃ」
オオトリはムジナを宥めにかかった。
琴を無造作に構えたムジナは、剣の呪縛と矢傷で動けずにいるオオトリのことを、何の感情も表さずにただ眺めているだけだ。
「のう? お互い何か行き違いがあったようじゃし、ここはひとつ腹を割って話し合ってじゃな――」
必死のオオトリ。
あの琴、見れば見るほどに全身の羽毛が逆毛立つ。
しかし、オオトリの説得も虚しくムジナは……
バラン……
ムジナは手にした琴を無造作にかき鳴らしたのだった。
ゴゴゴゴゴ……
大地が鳴動していた。
「ぬ!? ……く……」
地面の揺れに脚を取られて四苦八苦するオオトリ。
剣を手放せば空に逃げることもできたであろうに、幾度も失敗が続いたことで、そう言う選択をすることが出来なくなっていた。
「な、なんじゃ。この程度のこと……」
ヨタヨタフラフラと、千鳥足になりながらもどうにか転ばずにいるオオトリだ。
しかしそんな強がりも、いつまでも続くものではなく。
「な、なんじゃっ!?」
オオトリは自身の脚が左右に開いてゆくのを自覚した。
彼女の立脚した大地に亀裂が走っていたのだ。
「くっ、くけえぇぇえっ――!」
その亀裂は瞬く間に広がってゆき、成す術もなく飲み込まれたオオトリ。
オオトリの身体は半分ほど地面に飲まれたところで止まっていた。
翼と矢が引っかかったのだ。
「失敗か……」
琴を持ったムジナは、オオトリが地の底に落ち切っていないことを認めると、そう呟いていた。
「まあ仕方がない。まさかこんなことになるとは思わなかったしな」
自分の射た矢が図らずも命綱となってしまったことを自嘲する。
「にしてもトラノヲの奴……」
ムジナは、効果をきちんと説明しないまま自分に神器を託したミズチことトラノヲのことを、苦々しい気分で思い出していた。
琴にこんな特殊な効果があるのならば、前もって教えておくべきなのだ。
知らずに人里で使っていたら大惨事になっていただろう。




